2017-07-06 最高官僚の人物像
それは官僚にとっては金の椅子なのだろうが、この人にとっては針の椅子〈むしろ〉だろう。
しかし、顔の皮が厚い人なので、お尻もそれなりに丈夫なようである。
いまではだれもが知っている日本国政府官僚の漫才コンビ、「前川・佐川」の佐川宣寿、今は
出世して逃げ切り迫田英典前長官の後を麻生財務相から任された国税庁長官のことである。

そのお人柄ははさきにテレビを通じて、広く国民に知られているのである。
日本全国に「安倍のケツを舐めて出世させてもらいました」って言ってるようなもんで、
みっともないよね
奥さんとか子どもは明日から外歩けないな』(典拠)というのが世間の声である。

あの豊田真由子議員に夫と子供がいるように、佐川国税庁長官にも妻と子供がいるようである。
子供は親を選べないからなぁ。
しかし、新国税庁長官に対する期待は小さくはないのである。この御仁〈オニ〉ならできると。
佐川国税庁長官 殿

是非、民進党と糞マスコミ連中に誰にでも解る露骨な報復国税税務調査をお願いします。
多くの日本国民は法律に従って厳罰に課税する事を望んでますよ。』(同)。
前途は洋々なのである。税金でガソリンを買ったり、アイスを買った議員の襟を正せというのだ。
いいお酒を呑んでいる議員はかまわないのである。酒税でお国に貢献しているからである。

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もっとも、世間の声なんてのは存外無責任なのである。
前川氏に太刀打ちできなくて敵前逃亡するアベ氏。
自分のやった事に責任も取れず、説明も出来ない、こんな人間を法的には、「行為無能力者」と
言う。それが、国の最高権力者だなんて狂っているとしか言いようが無い』(典拠)。

庶民は何を言っても責任がないから「責任ない声」なのである。
それがなまって、さらに転じて「世間の声」というのである。
前川氏は他にも何かを握っているなら[2017年7月]10日[の総理外遊〈とうそう〉
に参考人として招致される時]に話すべきだ

「外国特派員協会での会見で、ここで話すべきではない」と発言した事柄を話していただけますか
と野党は質問を
[「ちなみに」と読む]さんずい疑惑[「サンズイ」は汚職事件の事]』(同前)。
飛行機が墜落して夫婦とも事故死ということにして幕引きされるんじゃないの』(同前)。

怖いこと言うなあ』(同前)。おりしも、飛行機で外遊中なのである。
ぶっちゃけ、それが皆にとって最も幸せな締めだよね。
悪巧みな人達も真相を闇に消せるし。』(同前)。
ね、世間の声って無責任でしょう。「怖〈うれし〉いこと言うなあ」と読んではいけない。

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小池都知事好みの“男”は高い酒を飲むのが大好きだという。アントニオ猪木の秘書だった男だ。
都民ファーストは、野田数を早く切らないとダメになる。高い酒を飲むのが大好きな秘書で、
猪木が告訴とか騒いでたよな。猪木のカネ使い込んで、ネーチャンのいる店を飲み歩いていた
とか、まぁ、そんな感じです。[中略][下田博文のお金を使い込んだのが平慶翔]

そもそも野田数は東京都議一期やったくらいで、国政の経験もない、「政治家」と呼んでいい
のかどうか、そういうレベルの人なので、小池百合子が国政に進出を図って民進党か自民党か
知らんけど、どっかから何人か国会議員を調達して来たら、早めに身を引くだろう。典拠)。
小池都知事は、平慶翔といい、野田数といい、好みの“男〈ちょうせんじん〉”がよくない。

そういえば、秋篠宮の長女も“男”の趣味がはよくないのが残念である。名前がみんなキラキラ。
>だが、安倍首相も、政権を支える議員たちも、まだこの生理的「嫌悪感」に気づいて
いない。<
そういうこと。というか、自分もこないだ同じようなコメントしたばっか。

怒りの感情ならやがては収まる(こともある)が、生理的嫌悪感は、一度でも立つと、それは
死亡フラグ。』(同前)。
チョウセン人が日本人に対してそれをやってのけたのである。韓流までは煩わしい人達だという
感情だったが、李明博以後は生理的嫌悪感に変わってしまったのだ。総理もどうやららしいのだ。

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# by munojiya | 2017-07-06 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-07-06 田村正和73歳
テレビがないものだから、有名な俳優の顔を見ても誰なのか判らないことがある。
経時変化をみていなから、庵主の記憶にあるその俳優の顔は若いころのそれだからである。
芸能界用語では「劣化した」という老化した顔が今はどうなっているか思いもよらないのである。
この達者な女優さんはだれかと思ったら、高橋洋子だったりする。「八重子のハミング」である。

庵主の記憶の中の高橋洋子は「旅の重み」のそれだから、40年の年の流れを埋められなかった。
ダンディの代名詞だった田村正和はいまどうなっているか。これである。73歳になったという。
こりゃ、おじいさんだ。口跡が老境である。お金をとって聴かせる芸ではない。
ショックだな、急激に老化している。どうしてこんなに呂律が回らないんだろ』(同米)。

女は日々徐々に老けていくが、男はある日突然一気に老けるという説を聞いたことがある。
男は気が抜けた時から老後だというわけである。逆にいえば、気が入っている内は若いのだ。
お酒も気が入っているお酒は旨いが、それがないお酒は呑むにたえないのと同じである。
田村正和は大病でもしたものか、それがきっ掛けで一気に老けたようである。気が抜けている。

そうなったら、むしろ何もしないという事が、芸なのではないか。生きているという芸である。
ファンとしてはその方がありがたいのである。老いた姿を見ないですむからである。
若いときにスターに抱いた夢がこわされることなく輝きつづけるからである。
スターが夢を壊しちゃいけない。その老境を見せつけられるのは迷惑でしかないのである。

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# by munojiya | 2017-07-06 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-07-06 映画「女の賭場」
江波杏子の若いころの映画に「女賭博師」シリーズというのがある。
1966年に始まって1971年に終わった全17作をいう。もう半世紀も前の映画だ。
その最後の映画が「新女賭博師壺ぐれ肌」である。三隅研二監督が唯一女賭博師を撮った映画だ
ということで選んでそれを見に行ったのである。今角川シネマでやっているおとなの大映祭だ。

が、しかし、「新女賭博師壺ぐれ肌」は、これが三隅研二かという、期待外れの映画だった。
三隅研二ときたら、その光と影が美しい画面が堪能できるに違いないと期待するのである。
悪い酒ではないが、味のないお酒を呑んでいるような、不味いかといえば不味くはないが、
旨いかといえば旨くもないという困ったお酒みたいな映画だったのである。

が、しかし、がもう一つ。実はGyao!が「おとなの大映祭」を無料配信していたのである。
今は期間限定で女賭博師の第1作「女の賭場」が只で観る事ができる。色もちゃんと着いている。
それが、期待通りの大映映画だった。大映映画はこの照明でなくちゃという実に味のある画面が
次々に味わえる佳作である。ラストシーンのお寺の光と影などは余韻たっぷりの味わいである。

江波杏子がそうとは見えないぐらいに違って見える場面がいくつもある。その表情が一本の映画
の中で安定していないのだ。役の顔と地の顔が交錯しているといったらいいものか。でも奇麗。
悪役の渡辺文雄がいい。古い映画なので、レビューを探してみても殆ど見当たらなかった。
「女の賭場」のレビューではこれが白眉である。観る前には読まない方がいいかもしれないが。
 
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◎大変良く出来てますね。起承転結お見事でしっかりと造り込んでます。恐れ入谷の鬼子母神。
江波杏子姉さん、存在感ありますね。でも笑いません。クール・ビューティーって言葉が嵌り
ます。(昔はなかったかと)
登場人物の伏線もGOOD。弟に手を焼く姿は内藤やす子美人編。

顔立ち同様すっきりした作品に仕上がって見応え十分 あっぱれでした。』(典拠)。
まったくそのとおりの映画である。お酒同様、高い酒よりもこういう旨い映画の方がうれしい。
筋立てがいいのだ。そして、照明が美しい。開巻の渡辺文雄の啖呵の見事さと、それに呼応する
クライマックスの、一発の銃声だけでその最期を表現した演出の見事さにしびれるのである。

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# by munojiya | 2017-07-06 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-07-05 選挙が得意な創価学会
さすがに「創価学会〈せんきょがっかい〉」だけあって手際がいいのである。
庵主がそれを見たのは7月3日の午前1時だったが、ここまで取材が進んでいたのである。
創価学会の都議選2017開票速報である。
下手な政党より、選挙が上手なのである。

念のため、他の政党を当たってみた。
「自民党 開票速報」では、それらしいサイトが出てこなかった。
「民進党 開票速報」では、こういう記事しか見当たらないのである。
「都民ファースト 開票速報」でもトイチのサイトは出てこないが、勢いは伝わってくる。

で、やっぱりしっかりしていたのは公明党だけだった。
ネット時代に、ネットで自党の情報すら流せない政党に公的価値があるや否や。
ネットにこういう写真がある。その1枚目の写真である。
男はネットでは悪名高い平慶翔である。ケイショウは語呂はいいがキラキラネームなのだろう。

女はいうまでもなく、そんな男を人に勧めるような、その程度の無責任女である。
はっきりいってその推薦の言葉は詐欺師のそれだろう。粗悪品を美化する言葉の事である。
その女、ひょっとして成り済ましかもしれないという疑念が浮かんでくる証拠写真でもある。
誰も疑問をはさまない「本醸造酒」という名称が「アル添酒」の成り済まし名称であるように。

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昔、日本陸軍があったころ、板橋区出身の兵隊が一番強いと言われていた。
なぜなら、「勝ってくるぞと板橋区」だというのである。
その板橋区が「平慶翔〈たいら・けいしょう〉」が当選させたというのである。
板橋区は今でも聖教、おっと誤変換、精強みたいである。

平慶翔の悪名は、庵主のところにも届いているというのに、板橋区民は豊田真由子を選んだ
埼玉4区民と同じように判断能力がないか、もしくは「清興」なのである。頭が優雅なのだ。
「勝ってくるぞと板橋区。見事に散るも国の花」か。
「こんな人達」といわれても反論できないのがもどかしいのである。

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その女の男友達もまた、人を見る目がないのである。
いや、類は類を呼ぶ、なのかもしれない。
自民党が勧めた候補者がこういう人なのだという。日本人を馬鹿にしていないか。
今井絵理子議員、同級生の恋人を捨て政界チンポに乗り換え

今井もクズだが、元交際相手はそれ以上のクズ。
政界に出馬した時の交際相手は何せ未成年を風俗で働かせて逮捕されていたりと強烈な話が。』(典拠)。そのクズを議員にしましょうと勧める人が一番の、おっと行数が尽きてしまった。

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# by munojiya | 2017-07-05 02:04 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2017-07-05 「街声」にみる最近TV局事情
「街声〈まちこえ〉」というのは「街頭インタビュー」のことである。
タイトルの字数に制限があるため、強引に文字数を詰めたのである。
TVの街声にはやらせが多いというのである。
多くの番組で、インタビューを受けてる人はタレントだというのである。

その実例がこの記事にたくさん書かれている。
タレントでなくても、TV局はその番組にとって都合のいい意見しか放送しないから、
一般の人のインタビューであってもやらせには違いないからどうでもいいのだけれど。
一々編集する手間を考えたら、最初から科白をタレントに言わせた方が合理的なのである。

「朝日新聞」の「読者の声」欄は、朝日新聞社が言いたいことを読者に書かせているように、
TV番組に出てくるインタビューも、その番組の主張に沿ったものにきまっているのだ。
視聴者を騙しにかかり、台本のあるインタビューで国民の世論を誘導し、洗脳を目論むTV局
はおごり高ぶりすぎなのではないか。日本国民はそんなにバカではないぞ。』(同)。

その記事の結論は大きく間違っている。間違っているというより、大きく逸れている。
そんな事は最近はみんな知っているのだ。今のTVはチョウセン人がやっているという事は。
そういう嘘報道を「マスゴミ」と呼んで、本来の「マスコミ」と区別するようになったのである。
お酒は早くから、見た目は同じでも醸造アルコールを混ぜた酒はアル添酒と呼んで区別している。

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# by munojiya | 2017-07-05 02:01 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-07-05 増村保造監督の「女体」
庵主「亀泉〈きせん〉を小さいグラスでください」
お店の人「亀泉〈かめいずみ〉小グラスで1杯」。漢字が読めなかったのである。
庵主「11時から上映の女体〈にょたい)をシニア料金で1枚ください」
チケットカウンターの女係員「女体じょたいですね」。漢字が読めなかったのである。

長年日本人をやっていても、読めない漢字が少なくないのである。
その「女体」という映画は、浅丘ルリ子主演の大映映画なのである。
いま、新宿の角川シネマでやっている「おとなの大映祭」で見つけた映画である。
そういう映画があるとは知らなかった。本が池田一朗と増村保造。そして梓英子が出ている。

服を着ているより裸の方が魅力的な女がいる。服が似合わないのである。着物なら可なのに。
逆に、裸は貧弱で魅力がないけれど、服を着た方がずっと華やかになる女がいるのである。
どっちがいいかとなると、究極の選択問題である。一番いいのは抱き心地がいい女だろうが。
瓶は立派だがつまらない味のお酒と、味はスカスカだが香りは華やかなお酒ではどっちがマシか。

浅丘ルリ子は服を着た時にかっこいい女である。まるで女優みたいに見える。あ、女優か。
この映画で着ている数点の衣装はどれも今見てもそのセンスは古くなっていないのである。
しかし、当時の浅丘ルリ子の裸には、味も、そっけも、色気も、何にもないのである。
究極の選択の正解は第三の視点にあるように、庵主にとってはやっぱり梓英子なのである。

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増村保造監督が、池田一朗(後の隆慶一郎)とオリジナルシナリオを書いて撮った映画である。
増村保造は東大出の監督で、噺家とか映画監督は、なにも東大を出てまでやる商売ではないと
思うが、中にはそういうことをやる奇人もいるということである。
その奇人が惚れた浅丘ルリ子に、映画用語でいえば体当たりの演技をさせているのである。

その相手が、渋い岡田英次である。岸田今日子もその妻役で出ている。
堅物な生活を旨としてきた岡田英次を、浅丘ルリ子が奇矯な行動で翻弄するという映画である。
見ていると、浅丘ルリ子の火病タッチな振る舞いがチョウセン人に思えてきてならなかった。
その「自由奔放」な生き方に翻弄される岡田英次が日本人代表に見えてくるのである。

では、この話をどうやって落とすのか。終わらせるのか、観ていてワクワクする映画である。
すなわち、日本人はチョウセン人に対して最後はどう対処すればいいのかという事である。
地味な色の服を着ている岡田英次に対して、浅丘ルリ子の服は色彩豊かなのである。
カラー映画なのに、その服にだけ色が着いているかのように見える映画だった。

そういう日本人の手に負えない女との結末は、そうするしかないというものだった。
岡田はそういう女とは自らの意志で縁を断つのである。(ネタバレになるので1行省略)
その映画が出した結末は、日本人にとって、チョウセン人に対するもっとも賢明な結論である。
1969年に作られた映画だが、そうやって見ていたら、示唆にとんでいる映画だった。

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これは、何だかすごい映画だ。浅丘ルリ子演ずるエゴむき出しの女性が、映画全体に異様な
雰囲気を発散している。[中略]
とにかく浅丘ルリ子演ずるミチの欲望全開のパワー。「人間の欲望」は増村映画頻出のテーマで
あるが、それを極端な形にするとこういう映画になるのだろう。

ミチはいつでも自分に正直な人間。好きなったら相手の立場なんてお構いなし、会いたくなったら
会いに行くというストレートな発想。
[中略]
つまりミチは瞬間・瞬間の自分の本能に忠実な女性なのだ。

その徹底して深みのないキャラは爆笑必至(こんな人間いないよ!)だが、同時に他人との
コミュニケーションをてんで無視する姿は、理性を貴ぶ近代的人間像を超越した不気味さも
感じる。』(典拠)。その不気味さを、どこかで見ているような気がしませんか。
こんな人間いないよ』が本当にいるからゾッとするのである。チョウセン人である。

さらに続くのである。『増村監督、この時点ですでに巨匠的地位だっただろうに、こんな怪作を
作ってしまうなんて、一体どういう人なのだろう。好き嫌いが分れそうな内容だが、私は傑作
(ケッ作?)と評価します。』(同前)。出合えた人は大儲けの映画である事は確かだ。
「ケッ作」は「ケッセキ(朝鮮語)」に掛けた皮肉ではないだろうが。

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# by munojiya | 2017-07-05 01:57 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-07-04 教養としての陰謀論
日本のマスコミが、チョウセン人に乗っ取られていることは今では常識になってしまった。
TV局の報道や番組がどんどんチョウセン人化しているのである。
チョウセン人が作る番組は日本人に合わないのだろう。
フジテレビの番組なんかは多くの日本人はそれに辟易して、見ないようになったのである。

フジテレビは新番組を打っても視聴率が数%しか取れないというザマ見ろ状態が続いている。
今どき、TVの視聴率はどうやって計っているのか知る由もないが、いいかげんな調査だという
ことは想像に難くない。固定電話に電話してアンケートを取っている新聞社のように、である。
陰謀論というのは、いまでは知識人の教養となっている。

それを知らない人や、それを否定する人は教養人とは見做されないのである。
そういう人達は、日本を害する連中の手先だと思われるのである。
ただ、チョウセン人の前でソレの悪口を言わないように、手先の前で批判はしないのである。
まずいお酒を造った人の前で、お前の酒は不味いとは言わないようにである。

『[GHQは]戦後の日本の支配を刑務所にいたA級戦犯の岸信介[安倍晋三のおじいちゃん]、
児玉誉士夫、笹川良一に任せたのです。この連中は死刑囚の朝鮮人で。』(典拠)。
それで、その3人がスガモブリズン(その跡地が現池袋のサンシャインシティ)から解放された
のかと、合点かいくのである。以下、リンク先で基礎教養を蓄えていただきたい。

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日本の歴史教育は、戦後にたどり着くことなく尻切れトンボで終わってしまうという。
なぜなら、戦後の本当の歴史を教えられたのでは都合の悪い人が多いからである。
森永製菓の社長は朝鮮人です。安倍昭恵夫人のお父さんは朝鮮人です。昭恵夫人は韓国狂いで
韓国語もペラペラです。韓国料理のような居酒屋をやっている朝鮮人です。

それだけではありません。ロッテも江崎グリコも朝鮮人の企業です。江崎グリコは監禁事件が
ありましたが、それは朝鮮人同士の対立です。だから表に出なかったのです。
甘いお菓子メーカーになぜ朝鮮人が多いのでしょう。
甘い物はみんな大好きです。「甘い物は朝鮮人を通して買うようにしろ」ということです。

原料を朝鮮人にしか売らなかったのです。原料を大量に朝鮮企業に流したのです。甘い物は
あれば売れるのです。それで会社がどんどん大きくなったのです。
製薬会社もそうです。嫌と言うほど朝鮮企業があります。
』(
典拠)。
安倍晋三がチョウセン人をかみさんにしているのは当人もチョウセン人気質だからなのだろう。

それで、安倍総理がときどき垣間見せるチョウセン人的振る舞いの理由が判るのである。
問題は、中杉弘さんは、岸、児玉、笹川がチョウセン人だということをどうして知ったかという
事である。単なる憶測なのか、根拠のある事実なのか。あるいは役所の戸籍係なのか。
馬鹿でなければ行き付く結論なのかもしれない。信じられない人の方が馬鹿だという事である。

-----

安倍、稲田、世耕、高市、高村、みんな統一教会です。この連中から、愛国者など誰もいない
とわかるのです。統一教会の信者で、愛国者などあり得ません。韓国が母国で神の国です。日本
は悪魔の国で朝鮮から全ての物を奪った国です。このように教えられているのですから、その
連中が政治に出てきてどうするのでしょう。

統一教会を日本に入れたのが、岸信介の最大の悪です。そんなことをする奴は、基本的に
日本人ではありません。あの岸信介の顔にヒゲをはやした合成写真がネットで出ていますが、
岸信介がヒゲをはやすと、朝鮮人ソックリです。
安倍さんの親父は「私は朝鮮人である」と女中さんに常々言っていたのです。
』(
典拠)。

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# by munojiya | 2017-07-04 00:04 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)
2017-07-04 「富士」も「東京」もソレに奪われた日本
「富士」といえば、日本の誇りである。否、日本の代名詞でもある。
その富士がチョウセン人に奪われてしまった。
フジテレビである。
「東京」といえば日本の首都である。

それまた日本の代名詞である。
それもまたチョウセン人に奪われてしまった。
「東京新聞」である。
記者の振る舞いが判りやすいというのである。

菅官房長官も小娘記者の質問に苦笑を抑えて返答しているのである。
『[官房長官に何度も質問を繰り返す女記者の]望月[衣塑子]は、何様だ。メディア側による
言論統制か。完全に、共産主義者じゃないの。
『ヤジを飛ばしてたのは、お前の仲間だろ。日本国民じゃあねぇよ』(同米)。

望月記者が、北朝鮮の工作員なのか、テロリストなのかは庵主には分からないが、
そういう気持は分かる。『望月の声むかつくし、声高い、キンキンうるさい。』(同)。
ストリッパー声というのがあるが、それは活動家声とでもいうのか。聞き取り易い声なのである。
「日本酒」も今では、その9割方は輸入アルコールを混ぜた間の子酒になっているである。

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言葉は移るのである。
昔は「ズボン」と言っていたものが、今はそれを「パンツ」と呼ぶ。
昔は「食器」だったのに、今は「カトラリー」と言うのである。
「反日左翼」も「パヨク」という呼び方を通過して、今は「テロリスト」と言うのかもしれない。

その「テロリスト」はまた、「こんな人達」ともいうのである。
それを「北朝鮮の工作員」と呼んでも同じである。みんな反日仲間なのである。
同じ仲間なのである。「朝日」「東京」「中日」はその機関紙である。TVはそれの応援団。
沖縄のキチガイ二紙は、そのアジテーションチラシといったところか。

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# by munojiya | 2017-07-04 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-07-03 都議選新宿当選者予想
庵主のところに都議選の選挙広報が届いたのは6月27日の事だった。
庵主は新聞を取っていないので、誰が立候補しているかは選挙広報を見ないと判らないのである。
そろそろ区役所に取りに行こうかと思っていた時に、郵便受けに広報が投函されていた。
昔なら、新聞を取っていな家庭はまずなかったから新聞に折り込めばよかったのである。

しかし、今では、若い人をピークにして、新聞を読んでいない人が増加しているはずである。
放っておくと誰が立候補しているか判らないの投票すれという暗黒選挙になりかねないのである。
広報の投げ込みはおそらく新宿区がお金を出してやっている筈である。
ならば、なぜ、投票場の入場券と一緒に郵送しないのか。

誰が立候補しているのか判らない選挙に投票すれというのは無責任ではないか。
立候補の受け付け当日午前中で締め切ってそれから選挙公報を即刷って、それと一緒に
投票場入場券を遅ればいいのである。そうすれば新聞広告なんかいらなくなるのだち。
立候補者の新聞広告は今では新聞社に対する不当な利益供与に当たるのである。

選挙の掲示板を見れば立后者の名前は判るだろうと言うのは当たらない。
立候補しても全部の掲示板にポスターを貼れる創価が統一教会・民団等のチョウセン人勢力だけ
だからである。掲示板のポスターでは全立候補者の名前は分からないのである。
商業カタログだけでは旨いお酒が網羅されているとは限らないのと同じ照るある。

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さて、主題が欄外〈はみだし〉になってしまった。
庵主の、新宿区の当選者の予想である。
この原稿を書いているのは、もちろん、投票日の前である。
東京都議会議員選挙(新宿区選挙区)選挙公報(定員4人)』が基礎資料である。

定員4人に対して、立候補者は7人である。
あとずっぽうに当選者を選んでも確率5割以上の割合で当たるから予想も何もないのである。
これで当選者が見極められなかったとしたら、庵主は、己の意に反して。利口の領域ではなく、
馬鹿の領域に位置しているということになるのである。

結論を先にいう。
当選者は次の4人である。森口つかさ、秋田一郎、古城まさお、大山とも子。
トイチの勢いには抗えない。秋田は自民党の鉄板である。古城はいわずとしれた選挙学会だから
別核である。あとは大山とも子で決まりである。予想が外れたら御免ではあるが。

秋田一郎以外は、みんな選挙通名である。「つかさ」「まさお」「とも子」である
親からもらった名前を蔑ろにする親不孝者である。
それを「森口司」とか、「古城正男」とか、「大山智子」と書いたら有効投票になるのか。
また、仮に「チャン誠司」とか、「金正男」とか、「李高順」と本名を書いても有効なのか。

広報によると立候補者は次の7人である。
「森口つかさ」(トイチ)、「古城まさお」(公明党)、「大門さちえ」(自民党)、
「秋田一郎」(自民党)、「あおじまみ」(民進党)、「浜野秀昭」(無所属)、
そして、「大山とも子」である。

結論を先にいう。
当選者は、森口つかさ、秋田一郎、古城まさお、大山とも子の4人と見る。
トイチの勢いには抗えない。秋田は自民党の鉄板である。古城はいわずとしれた選挙学会
だから別格である。あとは大山とも子で決まりである。予想が外れたら御免ではあるが。

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# by munojiya | 2017-07-03 00:04 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
★2017-07-03 遺伝にまつわる言ってはいけないタブー
『あくまでもイギリスでの一研究結果ではあるが、犯罪心理学でサイコパスに分類されるような
子どもの場合、その遺伝率は81%』(典拠)。
ということは、「サイコパス遺伝子」というのがあるという事なのだろうか。
遺伝しなかった19%はいちおうまともな人格だということなのか。日本での一疑問である。

日本人から見たら狂気と思われている、おっとっと、狂ったように激情し、過去に拘泥して、
しつこく執念深い特殊な性向を持つ民族にしか見えないチョウセン人の気質の遺伝率もそれから
推定すると81%と見ていいのだろうか。まともなチョウセン人は19%しかいない、いな、
19%もいると思えばいいのか。いや、そう思ってはいけないのである。

「犯罪は遺伝するのか」といったテーマは社会的にはタブー視されており、語られることは
ほとんどない。また、言うまでもなく冒頭のような物言いは差別に直結するから、厳に戒める
べきである。』(同)。
語られる事がないのは、それが事実で、口にしてもどうにもならないからである。

庵主が「HAGE」の話を口にしないのもそれと同じである。そういう人がいる事はどうしょう
もない事実だからである。口にしたら生えてくるというものではないからである。
「朝鮮人」という言葉がタブーなのは、遺伝を語ることだからなのかもしれない。
「旨いお酒」もタブーである。それがあることは事実だが、出合える人は少ないからである。

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# by munojiya | 2017-07-03 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)