失礼なことなんかしないでください
燗酒を注文する。
ややあってお酒に燗がついて出てくる。
給仕が「失礼します」といってカウンターに燗がついた徳利を置いてくれる。
庵主はいつも、客に失礼なことをしないでくださいと心の中でつぶやいている。

北海道で旭川から軽快なデザインの特急ライラック号に乗って
終点の札幌に近づくと車内放送が流れる。
「ご乗車お疲れさまでした。まもなく終点の札幌です」という。
それを楽しむために高い汽車賃を出して乗った特急列車である。

「特急ライラックの旅はお楽しみいただけましたでしょうか」といってほしい。
通勤列車じゃないのだから。
北海道のJRは、わずか2時間足らず列車の旅を疲れさせてしまうような
つまらない特急を走らせているのかと苦笑してしまう。

客を楽しませるという気持ちが不足しているからである。
わざわざ東京から北海道に出かけて楽しい特急に乗りに行ったのである。
ああやっぱり北海道に来て楽しかったというイメージづくりをしてほしい。
乗って疲れるような特急なんか走らせるなというのは庵主のイヤミである。

ほんとうは
北海道の特急の旅は楽しいである。
言葉遣いをちょっと工夫してよというのが庵主の本意である。
それと同じように居酒屋やレストランの接客用語もつまらないのである。

給仕から、失礼します、といわれたら
高い銭を払って飲み食いに来ているのですから
失礼なことはしないでください、と答えたくなるのである。
せっかく大枚をはたいたのですから楽しく飲み食いをさせてください、と。

話は変わって、厳冬である。
寒いから外に出るときは外套を羽織ることになる。
その外套を掛けるところがないお店がある。
はっきりいって庵主が着ているコートは高級品である。

折って畳んで置くわけにはいかない。
きちんとハンガーに懸けてくれないと形が崩れる。
ところが、現実のお店はコートを置くスペースとか
広い化粧室が作れないというのが実情なのである。

そんな無駄なスペースを削ってでも
お店を広くしたいからである。
無駄なスペースは利益を生んでくれないからである。
その事情はわかった。

壁際に打ちつけたクギにハンガーでぶら下げてもいい。
だが、せめて、ハンガーはまともなものを用意してほしいのである。
洗濯屋から戻ってくる針金のハンガーみたいな代用品では困る。
ちゃんと洋服を下げることのできるものを使ってほしいのである。

またまた話が変わって、
最近店内にディスプレイがあって映像が流れているお店が目につくようになった。
庵主は映像が大嫌いだから
その手の流行には辟易しているのである。

とにかく映像はうるさいからである。
落ち着いて酒を呑んでいられない。
はいったお店の中にテレビが置いてあっただけでしまったと思うほどである。
カラオケのある店、映像が流れるお店は庵主は苦手である。

あと庵主が一番苦手なお店は
出て来た酒祭りに呑めるお酒がないお店である。
「クボタ」とか「ハッカイサン」とか「コシノカンバイ」が並んでいたら
愕然としてしまうのである、高そうで。
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# by munojiya | 2005-12-27 22:53 | Trackback | Comments(0)
硯家の黒板
著作権という発想がある。
肉体労働にはそれなりに対価が支払われるのだから、
独創的な頭脳労働に対しても妥当な対価を支払うのは当然という考え方である。
考えることは無形であるが、形のないものにも対価を支払おうというものである。

でも、前者はいやいやながらであり、後者は楽しんでやっているのだから
楽しんでやっていることに金を払うというのもなんだなと庵主は思うのだが、
というより、庵主の頭の中は他人の考えたことばかりしか詰まっていないから
他人の独創的な考え方を無断で使ってはいけないとなると困ってしまうからである。

まず、いま庵主が使っている日本語が
庵主が考え出したことではない。
思考するための基本的道具が
そもそも他人の発想なのである、先人の考えたことをなぞっているだけなのである。

人が独創的に造った考え方を無断で使ってはいけないといわれたら
独創がない庵主はいてもいなくてもいいということになってしまう。
それよりも見苦しいと庵主が感じるのは
天から授かった才能を自分だけの物として金を取るといういやしさを見るからである。

独創的とはいっていも
所詮それは天から授かった才能である。
あんたがやらなくても
他の似たような才能を授かった人がやる仕事なのである。

それを
さも自分だけの努力のたまものだとかいって
思い上がっているところが噴飯物である。
しかもその才能を決定するのはそれを受け止める人がいてのことである。

すなわち、才能は本人に帰属するのではなく、
それを評価する人がいて初めて成立するものなのである。
その才能を素直に認めた庵主の方に対価を払ってほしいと思うほどである。
酒がうまいのではなくて、庵主がそれをうまいと評価するからうまいのである。

新しい言葉を考え出した人が
その言葉を独創的な発想による成果だから
ただでその言葉を使ってはいけないとなったら
文化の発展は望めない。

昔の支那では漢字を知っているのはごく一部の人たちだけで
それを読めない人たちを
漢文を呪文のように使って支配していたという。
その結果は中国四千年の停滞があっただけである。

また他人の発想を使ってはいけないとしたらそれは文化の破壊行為なのである。
発展しない文化は衰退へと向かうからである。
と、長い前振りのあと以下全面引用である。
庵主がそれを見て気持ちが惹き付けられた「硯家」の店頭にある黒板書きである。

“蓬莱泉”『夢筐』ゆめこばこ 特別純米ひやおろし 愛知・関谷醸造
夢山水・チヨニシキ55%精米
日本酒度・酸度とも非公開
貯蔵用トンネルで自然熟成させました。650円

『墨廼江』すみのえ 特別純米 中汲みひやおろし 宮城・墨廼江酒造
五百万石60%精米
日本酒度+4、酸度1.6
「特別純米中汲み」を摂氏5℃低温熟成 650円

『杉錦』純米原酒濃醇山廃・ひやおろし 静岡・杉井酒造
滋賀県産玉栄55%精米
日本酒度マイナス8、酸度2.0
高濃度仕込みにより甘口で濃醇な味わい。 730円
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# by munojiya | 2005-12-26 22:32 | Trackback | Comments(0)
日本酒の起源
右翼も左翼も
やくざも警察(官僚)も
組織の中身は同じで
いまはどこも学閥が仕切っているという。

そりゃそうだろう、
みんな日本人がやっているからである。
やくざ業界は朝鮮系の人が多いから
やることが日本人より荒っぽいとはよく聞くことである。

日本人は性格がおとなしいから(ということにしておくが)、
柄の悪い朝鮮人を嫌う人が少なくない。
俺は日本人だという優越感からというよりも
喧嘩しても絶対かなわないその自己主張の強さには辟易しているのである。

が、しかしである。
アメリカとの戦争に負けたときにその日本人を元気づけてくれたのは
力銅山(あれっ、このワープロには力道山がないぞ)ではなく力道山であり
美空ひばり(これは一発変換)ではなかったのか。

お二人とも朝鮮人と聞いている。
朝鮮系といったほうが正しいか。
いま大晦日の夜の人気番組は紅白歌合戦ではなくK-1とかいう格闘技である。
格闘技業界も朝鮮系が多いと聞くからKはコーリアの意味なのか。

朝鮮系の柄の悪さに対してなにをという反発がひ弱な日本人を奮い立たせてくれる。
放っておいたら衰弱しそうなひ弱い文化を
しっかり補強してくれているのは実は朝鮮系のたくましさなのではないか。
首相がいま皇室典範にちゃちゃを入れようとしているのもその一端ではないのか。

日本の文化といっても
最初の歴史書は漢文で書かれていることから
当時は支那系の人たちが仕切っていたのではないか。
漢文というのは支那の言葉だから日本人がじょうずに操れるわけがない。

地理的にいっても
日本人は、朝鮮、支那はもちろんのこと
北はロシアから、南はポリネシアから流れて来た人たちが混ざっている
雑種であると考えた方がいいのだろう。

雑種だから強いのである。
一本の糸だと切れやすいが、
何本かの糸を縒りあわせると
なかなか切れない紐になる。

日本の文化は実は純粋でないから
切れることなく連綿と続いているのである。
なかなか表には出てこない支那系とか
戦後ご活躍の朝鮮系もまたしっかり日本の文化を支えているということである。

たとえば天皇家の系譜などもかなり入り混ざっているように見受けられる。
歩列(このワープロ、天皇の名前も書けない)、いや武烈天皇などは
日本語がわからなかったという説を読んだことがある。
朝鮮から日本にやってきた天皇ではないかというのである。

庵主はその当時を知らないので真偽のほどはわからないが。
それが万世一系になって、日本人は単一民族だということになってしまうのだから
東京大学の国史学者は罪なことをしてくれたものである。
それはいまでも続いているから同じようなことをやっているということは想像に難くない。

日本酒造りも
そのノウハウは支那から持ち込まれたものではないか。
昔はそっちの方が文化が高かったからである。
いまうまいお酒が呑めるのはそのおかげさまなのである。
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# by munojiya | 2005-12-25 23:49 | Trackback | Comments(0)
いいお酒とうまいお酒

いろいろなお酒があるから面白い。
中にはひどいものもあるがそれもまた下手物として庵主は好きなのである。
一方に神業とも思えるこのうえないお酒があって、
その対極にちゃんとチープ(日本語が思いつかない)なお酒があるということである。 

庵主はそういうお酒を一通り呑んで楽しんでみたいのだが
なんといっても酒量がないのである。
一番小さい日本酒グラスに2杯が限度である。
それ以上呑むとへたをすると猛烈な肩凝りにさいなまされることになる。

それでいつもうまいお酒から先に呑むものだから
それだけで限界に達してしまいその続きがないのである。。
下手物まで辿(たど)り着かないのである。
くやしいのである。

本物のお酒はうまいものなんだよという話をすると、
うまいお酒というはなんですかと聞かれることがある。
そんなものは自分で探し出せとは思うのだが、
庵主は人が悪いからちゃんと教えてあげるのである。

うまいお酒ではなく、いいお酒を教えてあげるのである。
うまいお酒はそう簡単には教えるわけにはいかない。
そういうお酒は量が少ないから教えても簡単に呑むことができないからである。
いいお酒ならいくらでもあるからである。

その中から自分の口に合ったお酒に出会ってもらうしかない。
初心者、といっては語弊があるが
まともな日本酒を呑む環境にいなかった人には
「本丸」でこんなにうまいお酒を呑んだのは初めてだといってくれる。

その前に甘いにごり酒があればなお効果的である。
あまいにごり酒とか微発泡のお酒は食前酒ならぬ酒前酒となるからである。
日本酒がうまいということがわかれば
その後は多少味わいにブレのあるお酒が出てきても大丈夫である。

特徴的な味わいのお酒なら
それを個性ととらえてまずいとは評価しなくなるからである。
もっともその手のお酒しか置いていないお店に連れていくのだから
お酒には間違いはないのである。

うまいお酒があるということがわかってもらえば
あとはうまいお酒を教えるのではなく、
うまいお酒が呑めるお店を教えるのである。
それからは自分でお酒を体験してごらんというわけである。

いろいろ呑んで自分でうまいお酒に出会うしかないからである。
そうして美酒の海に船出させるのである。
そしてうまいお酒があったと聞いたら庵主はさっそくそれを呑みにいくのである。
口コミにまさる情報はないからである。

酒には二つの意味があって
一つはアルコール飲料としての酒である。
もう一つはそれを呑む場としての酒である。
いやその呑み方としての酒といったほうがいいかもしれない。

一言にお酒とはいうが、
そのどれを呑んでいるかということなのである。
この「むの字屋」では
その違いを考えながらお酒を味わっているということである。

だから一本のお酒なのにそれをいくつもの角度から味わっているので
たいしてお酒は呑んでいないのにいろいろな書き方をするものだから
「むの字屋」は延々と続くのである。
この世にお酒がなくなっても書けちゃうのである。 
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# by munojiya | 2005-12-24 23:44 | Trackback | Comments(0)
男たちの大和 セットはでかいが大和の大きさが見えない
庵主は泣ける映画が大好きである。
いま公開中の映画「男たちの大和/YAMATO」は泣ける。
映画館で年配のお客さんといっしょになって心地よい涙を流すのは気持ちいい。
涙、涙のストーリーはかつては大映が母物映画でやっていたことなのだろう。

笑いたいときは喜劇と呼ばれる映画を、
スカッとしたいときは他愛のないドンパチ映画を、
エッチになりたかったらエロ映画を、
そして涙したくなったらこの手の感動映画を見るのである。

だから庵主の中では文部省(いまは文科省か)特選映画でもエロ映画でも
映画になんら区別はないのである。
まず見てみるということである。
そしてお酒と同様におもしろい映画とそうでない映画があるということである。

映画の面白さは長い映像を見た後の
われながらこんな長い時間をよく堪えることができたものだという
完走感にひたることができることにある。
だから最後の最後までじっと座席でフィルムが終わるまで坐っているのである。

忍耐、と思ってロールクレジットが終わるのを待っているのである。
役者や裏方の名前が延々と流れるのを見ているのはつらい。
知っている人が出てこない他人の名前の羅列なんかに興味がないからである。
しかもそのときに流れる音楽がつまらなかったら目も当てられない。

ところが「男たちの大和」はこのときもまだ映画はつづいているのである。
本篇には出てこなかった映像が、大和が、そこで映し出されるのである。
そこに流れる久石譲の音楽がまたいいのでもう一泣きできるのである。
これをやられたらだれもがきっと大和に親近感を感じてしまうだろう。

戦艦大和は呉を出航してその翌日には沈没してしまった「不沈戦艦」である。
海軍はあんな高いおもちゃをたった2日で海の藻屑にしてしまったのである。
庵主が関係者なら恥ずかしくて表に出したくない苦い記憶である。
信濃を就航10日目に沈めてしまったのもその海軍である。

大和3姉妹(大和・武蔵・空母に改造された信濃)はみんな不幸な艦だった。
庵主は大和も好きだが姉妹艦の武蔵の方が少しだけ好きである。
武蔵に乗り組んだ水兵の渡辺清が書いた本を先に読んだからである。
「海の城」「戦艦武蔵の最期」である。

強い敵とまともに喧嘩をしたら勝てないということをしっかり教えてくれるのである。
戦争に負けると60年後に涙なしではみられない映画が見られるということである。
日本人の技術の粋としての大和の誇りはいまなおけっして沈んではいないのである。
3333名(未確認数)の乗組員が命を懸けてその誇りを守ってくれたからである。

エンドマークのあとにクレジットが出るという。
「多くの方達が命を懸けて守った日本に、今私達は立っている」(伝聞による)と。
が、左翼団体からの抗議で劇場公開時にはそれをカットしてしまったという。
庵主はそれが見たかったのに、たしかに劇場版にはその部分がなかったのである。

洋画には原語版と日本語吹き替え版とが用意されていることがあるが、
この映画もそれがカットされていない完全版とカット版を用意してほしかった。
その一行があれば「佐藤純彌、ヨシッ」とスクリーンに向かって声をかけられたのだが。
見たあとにちょっと物足りなく感じたのはその決めのホーズがなかったからなのである。

ことこの映画に関しては長い長いロールクレジットは
なくてはならないのである。
映画を見ながら滂沱の涙を流した後始末に必要な時間だからである。
これがないといい大人たちが泣き顔で映画館を出ることになるからたまらない。

それにしても「左翼団体」というのは威勢がいいのである。
その勢いで、人畜有害のたばこ同様にアルコールも規制せよと声高に叫べば
まずいお酒も一掃されることになるのだろうか。
映画は興行上の都合もあるのだろうが、それをうまくかわしたというわけである。

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庵主がこの映画を見た感想はホームページ「むの字屋」の「土蔵」の下の方にある「シネマで一杯」の中にあります。
現在と過去を行き来する映画の中のお酒は、現在のシーンで「さつま白波」がどーんと見えるように置いてありました。

大和のセットの大きさはわかりましたが、大和の大きさが見えない映画でした。
ところが、「男たちの大和」には映画になったシナリオの前に書かれた別のシナリオがあります。採用されなかった野上龍雄・井上淳一版です。雑誌「シナリオ」の1月号に掲載されています。

そのシナリオには大和の大きさがしっかり書き込まれています。
庵主は泣ける映画であればいいので、映画になったシナリオでも十分満足できましたが、できればこちらのシナリオで映画を見たかったと思います。
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# by munojiya | 2005-12-23 23:25 | Trackback(8) | Comments(0)
「ふくろくじゅ」を呑む
これは日本酒の旗手ともいえる株式会社フルネットに対する注文である。
お酒の値踏みについてである。
秋田に「福禄寿」(ふくろくじゅ)というお酒がある。
かつては7000石を醸していたというが今は1200石である。

1000石蔵と言えば
庵主などはちょうどいい造りの蔵だと思ってニヤッとするのである。
造るお酒のすべてに目が行き届くのはそれぐらいの造りだというからである。
大手酒造メーカーのお酒は同じ日本酒だといっても実は別の酒なのである。

庵主は大手酒造メーカーが造った日本酒ははっきりいって呑めない。
もっとも庵主は人間ができているからその手の日本酒が出てきても
莞爾として盃を口に運ぶのである。
まずいといって貶(けな)したところでその酒がうまくはなるわけではないからである。

大手酒造メーカーのお酒と1000石蔵のお酒の違いは
たとえていえば車なら大型バスと乗用車の違いといったところか。
個人で大型バスを買う人はいない。
運転して楽しめるのは乗用車である。

乗客としてバスに乗るのも楽なので便利ではあるが
やっぱり乗用車のほうがおもしろい、それがいい車ならという条件がつくが。
庵主が呑めるのはその面白い方の、いやうまい方のお酒である。
1000石蔵が醸す味わいがあって個性が感じられるお酒の方なのである。

「福禄寿」、庵主は初めてその名前を聞いた。
地元では有名かもしれないが庵主にとってはまだ無名の蔵である。
その蔵とフルネット社の中野社長が出会ったのである。
そしてその蔵にキラリと光るいいお酒があったのである。

蔵はまだ若い常務が仕切っている。
そして杜氏もまだ若い。
いくつものお酒を発掘して世に出して来た中野社長は閃(ひらめ)いたのである。
この蔵の酒はうまくなる、と。

そこで、その蔵が鑑評会用に造った純米大吟醸と大吟醸を一升瓶につめて
2本セットにしてそれを100セットだけ先進的な呑み手に提供したのである。
いまその酒に出会えた人はいうなれば先駆者なのである。
はっきりいうとこのお酒を買う人はモニターなのである。

それは番外品ということで酒銘は「ふくろくじゅ」とひらがな書きになっている。
その売値が
なんと1本3150円(税込)なのである。
一升瓶の値段がである。

物には適正値段というのがある。
フルネット社は酒の安売り屋ではないのだから
そのお酒に相応(ふさ)しい値付けをしてもらわなくては困る。
鑑評会の酒は四合瓶で3500円から5000円前後で売られているのである。

それと同等の酒質なのに
このお酒はお買い得品だといって安売りをしてはいけない。
お酒の価値を正しく判断できないというのでは
ただ安く酒を売ればそれでいいのだというお酒がわからない酒販店と同じではないか。

いいお酒にはそれに相応しい値段をきちんと値踏みして
その値段で呑み手にその価値を納得させるのが本来の酒販というものである。
それが価値がわかるということなのである、価値を創造するということなのである。
「久保田」をバカ高値で売る店同様、いいお酒をバカ安値で売るのはみっともない。

フルネット社が用意した100セットは
広くは宣伝しなかったというのにあと十数セットを残すだけだという。
破格値の「ふくろくじゅ」の2本セットを買う人は心して買ってほしい。
この蔵のお酒を育てる責任も同時に買わされるということだからである。
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# by munojiya | 2005-12-22 22:22 | Trackback | Comments(0)
いんちきアンケート
庵主がいつも疑問に思っているのは
よく新聞社がやっている世論調査である。
あの賛成何%とか反対何%というのは
新聞社が自由の都合に合わせて作った数字ではないかということである。

あるいは
3人に聞いて
そのうち2人が賛成だったから
支持率66%としているのではないかということである。

さらには
自民党の支持者が多いところに調査して
小泉総理の支持率アップと書いているのではないかということである。
都合が悪くなったら逆の支持層を調査するのである。

内閣の支持率低下となる。
まさかそこまで杜撰な調査をしてはいないだろうが、
しかし、新聞記事をよくみると電話調査となっていることがある。
固定電話である。

いまどき固定電話を使っている層というのは
庵主のようにケータイの基本料すら勿体ないというケチな層か
ケータイがなくても生活できるのんびりした層なのである。
最初から調査対象が偏っているのである。

まさかとは思うが、
あらかじめ記事を書くときにほしい数字を想定して
アンケートの設問をつくっているのではないかという疑惑を禁じ得ない。
アンケートの回答は設問次第でいくらでも変えることができるということである。

新聞社が調査したアンケートでは
女性天皇を容認するという人が70%を越えているという。
やってはいけない二者択一を答えさせているのではないか。
あなたはコーヒーが好きですか、紅茶が好きですか、といった手の設問である。

庵主ならお酒が呑みたいと答えたいのにその答えが用意されていないという
競馬の遮眼帯(しゃがんたい)みたいな設問で回答を誘導しているのではないか。
あなたは愛子内親王が女性天皇になることを容認できますか、と聞かれたら
いいじゃない、と答える人が多いのではないか。

そんなことは自分の生活には関係ないことなのでどうでもいいことだからである。
そうなると、回答欄に「はい」と「いいえ」とが並んでいたら
人間の心理として最初の方に○を付けたくなるから
必然的に賛成が多くなるというわけである。

回答欄を「反対」「賛成」と入れ換えただけで数字が変わってくるのではないか。
あなたは、これまで男系で継承してきた天皇さま(これって新聞用語風に)を
二千余年にわたる長い伝統を変えてしまって女系天皇も認めるという立場にたって
愛子さまが女性天皇になることには賛成できますか。

なお、女性天皇と女系天皇のちがいがわからない人は
「むの字屋の日本酒痛快速報」の当該記事をよくお読みください。
と設問にあったら、迂闊に回答できないのではないか。
回答を誘導する設問になっていないかをちゃんと点検した上で調査しているのか。

あんがい、アンケート調査なんか人海戦術だからバカでもできるとばかりに
若手にあぶない設問を作らせて適当にやっているのではないかということである。
それが新聞紙上で使われているアンケートの数字なのではないという疑問である。
その手のいんちきアンケートを商売にしている専門家の意見を聞きたいものである。

あなたは、さわやかな味わいにする目的でアルコールを使ったお酒は容認できますか。
べつにそれでもいいじゃない、でアル添支持率70%(架空の数字)となるのである。
日本酒は昔は米だけで造られていましたと注釈があっただけで回答は変わるだろう。
庵主はまずい純米酒なら呑みたくないと思うがその答えは用意されていないのである。
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# by munojiya | 2005-12-21 23:02 | Trackback | Comments(0)
お笑い日本酒の酒税はどうなるの
じつは、庵主は、その原案を読んでいないのである。
新聞記事にあった概略の報道を一瞥しただけなのである。
こんどの税制改正原案の酒税のことである。
だから内容をよく知らないで、今いいかげんなことを書いているのである。

と、前振りをしておいて、
こんどの改正酒税法では
日本酒の税率(おや、酒税法では税率欄に金額が書かれている)は
4分類のどこにはいるのかということである。

今度の酒税法はあらゆる酒を四つに分類して課税するのだという。
一つはビール・発泡酒などの発泡性酒類、
一つは醸造酒類、
一つは蒸留酒類、

一つは混成酒類である。
混成酒というのは蒸留酒や醸造酒に草根木皮や果実の香味を移して造った酒である。
醸造酒に蒸留酒を混ぜても混成酒である。
ようするにカクテルみたいな酒のことである。

ビール・発泡酒は
醸造酒と習ってきたから
本来なら醸造酒類になるはずなのに
これが独立しているのは前に紹介したように「週刊ポスト」が報じた理由による。

なんでも
大蔵省の支配下にある酒業界には
酒別に酒造組合があるのだという。
製造者組合なら一つでいいのにそうなっていないのには理由があるというのである。

それぞれが大蔵省の役人の天下り先になっているからだという。
数が多い方がいいというわけである。
週刊ポストによると次のようになっているという。
1日本酒・焼酎乙類・みりんは日本酒造組合中央会

2合成清酒・焼酎甲類・原料用アルコールは日本蒸留酒酒造組合
3ビールはビール酒造組合
4甘味果実酒・ウイスキー類・スピリッツ・リキュール類は日本洋酒酒造組合
5果実酒は日本ワイナリー協会

それに次の3団体を加えて酒類業中央団体連絡協議会を構成しているという。
6全国卸売酒販組合中央会
7全国小売酒販組合中央会
8日本洋酒輸入協会

各酒造組合は大蔵省の天下りを受け入れているが
ただ一つビールだけは受け入れていないという。
代用ビールに対して「酒文化を損なう」から増税するぞという脅(おど)しは
それに対する嫌がらせだったのである。 

さて、日本酒であるが、
今度の税制では
当然、純米酒は醸造酒となり
アル添の日本酒は混成酒になるはずである。

そうなると
なんと
日本酒造組合中央会を
純米日本酒酒造組合と混成日本酒酒造組合に分けることができるということである。

そうなのである。
大蔵省の役人の再就職先がふえるということなのである。
アルコール度数で税率を決めればそいうことはできなくなるだが。
官僚はいい学校を出ているだけにやっぱり賢いのである。

-----

「お笑いなんとか」という表題はテリー伊藤がその書名に多用しているスタイルで、「お笑い北朝鮮」を初めとして「お笑い共産党」「お笑い創価学会」などと褒め殺しに使われていますが、本記事はそのような深い意味(ヒネリ)はありません。ただ単純に頭のいい人に対してすなおに感心してるだけです。
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# by munojiya | 2005-12-20 23:29 | Trackback | Comments(0)
バーは照明空間
銀座で映画を見たあと
その余韻を楽しむために
はいったお店は
新しくできたバーだった

うまいお酒はだまっていても目に入ってくるように
夜の銀座を歩いていたら
そのお店が目にはいってきたのである。
酒呑みの直感である。

まだ少し時間が早かったので他の客はいなかった。
店内の空気が、空間の緊張感が心地よい。
内装がシンプルですっきりしているのがモダンな雰囲気がただよっている。
そしてバックバーの照明が美しい。

ここちよい明るさの
そして落ち着いた趣のベージュの光である。
心がなごむ。
気持ちが引き締まるバーの空間に身が包まれる快感。

はじめてのバーである。
一杯目はジントニックにした。
ていねいな仕事をするバーテンダーだった。
できあがったジントニックのライムの香りが甘い。

そして
それがうまかった。
カクテルがうまいお店でよかったと思う。
この前、飛び込みではいったバーのジントニックはそうでなかったから。

ジントニックの味がこんなにちがうとは。
ジントニックはどこにでもあるカクテルで
本当かどうかはわからないが
バーのカクテルの注文で70%がジントニックだという。

若い人がデートでバーにいったときに
だれもが知っているカクテルがジントニックだから注文がそれになることが多いとか。
そして
庵主のように初めてのバーで頼むのもジントニックだからである。

バーはお酒を飲む場所だと思っている人がいる。
もちろんバーはお酒を飲むところである。
しかし本当はその空間を楽しむところなのである。
じつはお酒を飲めない人も利用できる場所なのである。

ノンアルコールカクテルがあるからである。
アルコールが飲めない人のための飲み物もちゃんと用意されているのである。
もっともそれはお酒が飲めない女の子をユーワクするためのものかもしれないが。
でもなにかの時にお酒が飲めない人が利用することもできるということである。

バーにおける極めつきのカクテルは
「ソルティードック ウィズアウト ウオトカ」である。
その存在理由については前に書いたことがある。
そういう飲み方もまた可能なのである。

建築というのは空間を造る作業だという。
平面図ではなくその空間が建築なのだという。
バーの内装もまたその腕の見せ所である。
バーはその空間の心地よさでお金をとっているからである。

押し詰まったような空間では
いいお酒を落ち着いて飲んでいられない。
飲んでもうまく感じないからである。
お店は5丁目にあるバー「桜」である。 
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# by munojiya | 2005-12-19 23:39 | うまいお酒あります | Trackback | Comments(0)
税制改正で代用ビールは22銭の増税
という見出しを付けても、間違ってはいるのだが嘘ではないのが
こんどの酒税の改正案である。
簡単にいうと今回の改正は
代用ビールは税額アップ、ビールはダウンである。

しかも代用ビールの税額は低いものは現行より1缶で22銭しか上がりませんよ、
といっても嘘ではないのである。
そんなばかな、それじゃ国が儲からないではないか。
しかし本当なのである。
                             
話は350ML缶の税額ということで進める。
現行の酒税はビールは1000リットル当たり222,000円となっている。
また発泡酒は麦芽の使用割合25%以上50%未満同178,125円、
その他のもの134,250円となっている(麦芽50%以上はビールと同額)。

そして、代用ビールというのは2種類あって、
麦芽を使っていない醸造酒(例 ドラフトワン)は、ビールでも発泡酒でもなく、
その他の雑酒なのである。
その場合の税額は13度未満で同103,722円である。

発泡酒にアルコールを混ぜたもの(例 スーパーブルー)は
リキュールになるから13度未満で同119,088円である。
いま造られている代用ビールははっきりいって脱法行為なのである。
法律には違反していないからなにをやってもいいんだというわけである。

江川卓が野球協約に規定されていない空白の一日を主張して
巨人軍に入団したことが非難されたのは脱法行為だからである。
そんなことする人はいないだろうという当然の前提を悪用した行為だったからである。
最近ホリエモンこと堀江貴文が株の売買で指弾されたのも同様の事例である。。

やり方が卑劣なのである。
伝統的日本人の美意識にあわないということなのである。
法律の条文に書いていないからなにをやってもいいという稚拙な精神に
辟易させられるということである。

酒税法の規定が
まさか税金回避のために悪用されるということは
だれも思っていなかったのである。
酒税法は酒税を適正に徴税するための法律だからである。

安い代用ビールがいいという人も
それを考えたらビール会社のやっていることの品のなさにがっかりしませんか。
そういうことを始めたのがサントリーなので
いつまでたってもサントリーは大人になれない酒会社だとからかわれるのである。

さて、税額が一番高い代用ビールはというと
リキュールのそれで13度未満で1000リットル当たり119,088円である。
特別措置法が適用されて1000リットル当たり78,392円となるから
350ML缶では27.78円となる。

それが改正後は28円になるという。
28円-27円78銭=22銭の増税ということになる。
22銭だなんてゾロ目で縁起がいいじゃないか。
政府も粋なことやるのである。

さて、税額が安い方の代用ビールは
その他の雑酒で13度未満の1000リットルあたり103,755円であるが、
特別措置法が適用されて1000リットル当たり69148円となるから
350ML缶では24.20円となる。

この場合は28円-24円20銭で3円80銭の増税である。
この程度ならなにも代用ビールの税金を上げることもないと思うが
それというのもわが国の酒文化を守るための苦渋の選択なのだろう。
お上のやることは麗しいのである。そして一貫性がないのである。
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# by munojiya | 2005-12-18 22:34 | Trackback | Comments(0)