「まがい物が酒文化を損なう」は正論である
庶民の味方「週刊ポスト」の代用ビールに対する増税を批判する記事が勇ましい。
12月9日号である。
その日は小日本が大アメリカと戦争を始めた日である。アメリカ時間でいうと、だが。
それに合わせて小ポストが大日本政府に一戦しかけようというのか。

記事には
「<ミスター増税>こと石弘光政府税調会長」とキャプションをつけた
間抜け面に写っている石会長の写真が使われている。
写真の選択からして反政府記事なのである。

最初から色の付いている記事だということがわかる。
政府の、というより官僚のやることを叩いて読者に媚びを売ろうというのである。
「まがい物が酒文化を損なう」という石会長の発言を
大放言としていることでそれがわかる。

「正論」という雑誌がある。
書いている本人が俺の言っていることは正しいと
自画自賛しているのだから世話がない雑誌である。
その伝ではないが「まがい物が酒文化を損なう」というのは正論じゃないか。

「石弘光政府税調会長、酒文化を正道に戻せと信念を語る」
とでも見出しをつけるのが正しいイヤミというものだろう。
昔、石タンというのが出現しようとしたことがあった。
石炭ではない、石油タンパクのことである。

ステーキ屋の「フォルクス」は
クズ肉を食用接着剤でくっつけた成形肉をステーキとして売ったということを
指弾されて素直に謝まるしかほかなかった。
食い物の正道を外したということからとりつくろうことができなくなったためである。

石油タンパクというのは
石油から合成したタンパクで作った代用肉である。
肉が安く食えるようになる画期的技術だということだったが、
さすがにそんなものを食おうという人は少なかった。

大方の反対にあって世に出なかったのである。
食文化を損なうからに他ならない。
代用ビールは酒文化を損なうものだという指摘は
まがい物に対するそれと同じ感情ではないか。

本物と似ているからとか、
値段が安いからとかで、
ビールの正道から踏み外した代用ビール造りは
やっぱりおかしいというのが庵主の感想である。

石会長のその発言は正論だとしても
間違っているのは
口で言っていることとやろうとしていることが全然違っているということである。
すなわち増税を図るという本当の目的をごまかしているということなのである。

イギリスのなんとかという閣僚が議会で指弾されたという。
スパイ事件に関して娼婦と関係した事実を否定する偽証をしたからである。
指弾されたのは、娼婦と関係したことがではなく、
嘘を言ったということがである。

石政府税調会長は嘘をついてるのである。
本音は代用ビールに対する増税なのに
心にもない言葉でそれをごまかそうとしているからである。
自民党税調の最高幹部の一人である伊吹文明氏が言っているという。

今回の酒税法の改正は現在10に分かれている酒の種類を
ビール、蒸留酒、醸造酒、リキュールの4種類に再編して
「基本税率は高くし、新しいすき間にはその高い税率を使う」のだという。
ビールって醸造酒じゃなかったのか。語るに落ちるなのである。
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# by munojiya | 2005-12-03 22:45 | Trackback | Comments(0)
めくるめく普通酒
一生に1回しか使えない言葉がある。
すくなくとも一つの文章では2回使えないことばである。
目立つ言葉である。
たとえば「至福」である。

至福が何回もあったらたまったものではない。
というよりその前の至福は至福でなかったということになるから
文章としての形式には問題がないが意味をなしていないのである。
真っ白い黒色というようなものである。

「感動」も一つの文章で使えるのはせいぜい1~2回である。
民放のスポーツ中継じゃありまいし、何度も、何度も感動していたら、
その人の感性が疑われるからである。
お酒の味わいに感動するのも1日に1回限りである。

そして、一度は使ってみたいがなかなか使えないのが「めくるめく」である。
書いているだけでクラクラしちゃうのである。
下手に使うと庵主のタキシードになってしまう。
似合わないのである、様にならないのである、浮いちゃうのである。

ただ一つその言葉が似合うのは普通酒の世界である。
めくるめく普通酒の世界である。
普通のお酒とあるから
まっとうなお酒だと思うのが普通だろう。

しかし、である。
日本酒は本来米だけで造られていたものである。
それに他の材料を加えたものを日本酒と呼べるかということである。
庵主はアルコールを添加した酒を認めないという立場には立たない。

なんたって、下手物・如何物に対する好奇心が強いからである。
そういう商品が好きなのである。
ただし好きなこととそれを日常的に呑むこととはちがう。
うまい酒でないと呑めない体質だからである。

車でいえば
普段乗るのはクラウンで
ときどき楽しむために乗るのがデュエット、今はパッソか、という関係である。
使い分けなのである。

見た目が似ているものでも
中身が違うものはきちんと区別した方がいいと庵主は考えている。
それをあたかも同じ物のように売るのは商人道に悖(もと)ると庵主は考える。
代用ビールをこれはビールだと強弁して売ったらそれはもう詐欺の世界である。

だまされるのもまた楽しいから
それはそれでかまわないが、
こと食い物の世界では命にかかわることもあるのでそれでは困るのである。
毎年何人かは蕎麦アレルギーで命を落とすことがあるがそれが実例である。

普通というからには
それが本来のものでなくてはならない。
眼鏡をかけている人が多いからと言って
それが普通だというのはちょっとおかしいのと同じである。

日本酒にたっぷりアルコールを混ぜた酒も日本酒と呼んでもいいのか。
意見が分かれるところである。
その話はお酒の肴にするにはちょうどいい話題である。
さすがに普通酒というのはまずいのではないかという蔵元の良心もある。

それをレギュラー酒と呼ぶのである。
普通酒と呼んでも、レギュラー酒と呼んでも
ならば純米酒は異常酒とかイレギュラー(常軌を逸した)酒ということになる。
価値観がひっくり返っている普通酒はめくるめく世界なのである。
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# by munojiya | 2005-12-02 23:10 | Trackback | Comments(0)
日本酒の上下関係
酒に序列を付けたがるバカがいる。
これはいい酒だとか、ろくでもない酒だとかである。
しょせんアルコールでしょう。
飲んでしまえば同じでしょう。

と、庵主は思っていない。
明らかに
うまいお酒とそうでないお酒があるからである。
アルコールだけなら体を酔わせて終わりである。

しかし、
うまいお酒は人の心まで酔わせてくれるのである。
人の心を酔わせるものを芸術という。
まっとうなお酒は芸術品なのである。

庵主は
美しいものが好きだから
その芸術品をきこしめしているというわけである。
芸術品を愛用しているということである。

日本酒に序列がある。
まず純米酒が格上とされている。
アルコールを添加したお酒をバカにする人もいる。
そっちの方がへたな純米酒よりずっとずっとうまいことがあってでもある。

庵主は
酒銘を呑みたいわけではない。
お酒がたたえている「うまさ」を呑みたいのである。
だからアル添の有無を気にしない。

うまけりゃいいという主義だからである。
純米酒の中に序列がある。
第一に純米大吟醸と、
つぎが純米吟醸である。

その下に特別純米酒がつづく。
さらにただの純米酒がある。
普通の純米酒といったほうがいいかもしれないが
普通という言葉は酒造業界では特殊な意味をもっているのでここでは使えない。

アルコールを少量(ただし業界用語で)添加したお酒は本醸造酒という。
純米酒の序列は
表面的には精米歩合の違いである。
本醸造酒も精米歩合の違いで次の四つの序列がある。

大吟醸本醸造酒、
吟醸本醸造酒、
特別本醸造酒、
本醸造酒、である。

それぞれのお酒の区別については、
このブログの中で
ときおり一つひとつ解説しているところである。
それを読んでいただきたい。

日本酒の世界は実は上にあげたものだけではないということである。
ここに上げたお酒は特定名称酒と呼ばれている。
その生産量は日本酒生産量のうちの約30%しかない。
それを聞くと残りの70%はどういう酒なのかと俄に不安になってくるのである。

心配には及ばない。
それが普通酒と呼ばれているお酒なのである。
上記の特定名称酒は普通の酒ではないのだから異常酒(キチガイ酒)なのである。
普通酒のめくるめく世界についてはまた明日である。
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# by munojiya | 2005-12-01 23:38 | Trackback | Comments(0)
番外編・アクセスカウンター
「むの字屋の日本酒痛快速報」には
中途半端なアクセスカウンター機能がついていて
来客がどこから来るのかはわからないがアクセス件数だけはわかるようになっている。
最近アクセス数が増えているのである。

といっても一日平均30件ぐらいだから、
ブログの世界ではないに等しい状態である。
このブログに経常的に訪れる方がいるとしたら
その人はブログ界では極超少数派だということになる。

酔狂な方とまでは思わないが
客観的にいうならば
日本酒庵「むの字屋」の
数少ないお客様という地位にあるということである。

まちがってアクセスされた方がいたなら
これをご縁に、ぜひ、うまいお酒を口にすることの悦楽にひたっていただきたい。
お酒は読むものではなく、
呑んで楽しむものだからである。

いちおう、
女子供は口にしないようにと警告を書いておくことにする。
たばこの危険表示と同じである。
が、それはかえって好奇心をそそるのである。

うまいお酒というのは本当にうまいのである。
体がそれをすうーっと受けいれてしまうのがわかる。
そしていいお酒は心にしみるのである。
身も心も喜ぶから呑んでいると気持ちがよくなってくるのである。

だから
そういううまいお酒を
女子供に呑まれてはたまらないから警告するのである。
いいお酒というのはどうしても数が少ないからというのが本音である。

本当は数少ないうまいお酒を人に呑まれたら
庵主の呑む分がなくなるという意地の汚さがそこに隠されている。
というと、
本当にうまいお酒があると信じてもらえると思うからである。

ぜひ、一度まっとうなお酒を呑んでみてほしい。
日本人はこんなにうまいお酒を造れるのかと感動さえ覚えることは間違いない。
そういうお酒のうまさを分かち合える人が
少なくとも30人余はいるということである。

時々カウンターが跳ね上がることがある。
これまでの最高は60件である。
11月1日のことである。
とくに検索にひっかかるような内容ではないから不思議なのである。

以前、
フジテレビの菊間千乃アナウンサーがジャニーズの内博貴メンバーに
強引に酒を呑ませて未成年者誘飲泥酔者遺棄事件を起こしたことを話題にしたときに
カウンターが突然跳ね上がったことがある。

たまたま時の話題を取り込んだものだから検索でそれを見つけて
アクセスしてきたものだろうか。
が、「むの字屋の日本酒痛快速報」はお酒のブログである。
お酒に対する感性のいまだ低い人はすぐに退いていくのである。

その内メンバーの時でさえ37件だったから、
今度の60件は異常なのである。
なにが起こったのかわからないが
そのうちまた安定アクセス数30件台に戻ったのである。

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12月1日から、夜更かしをやめるため更新時間を午後10時ごろに変更します。
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# by munojiya | 2005-11-30 23:11 | Trackback | Comments(0)
泣ける映画が大好き
庵主は泣ける映画が大好きである。
クイール(犬の名前)でも、子役で泣かせる映画でも
いかにものクサイ芝居で泣かせるものでもなんでもいい。
涙がこぼれ出る映画がたまらなく好きなのである。

今月の封切り映画には泣かせると評判の高い作品が続くので
思いっきり涙を流すぞと新しいハンカチを用意して待っているところである。
歳をとってくると笑えなくなる。
心から笑うということがなくなるのである。

感性が磨耗したというか
神経が図太くなったというか、
素朴な感情を忘れてしまったというか、
感動に対する反応が鈍くなってくるのである、老化である。

あなたは最近心から笑ったことはありますか、と聞かれたときに
すぐその場面を思い浮かべることができるだろうか。
大人の笑いはシニカルな感情を伴っていることが多い。
素直に笑えなくなっているのである。

ビジネス交渉の場で
ときに両者の間に笑いが起こることがある。
片方が笑うとその相手も笑いでこたえるのである。
その時の大人の笑い声をはたで聞いていると混濁率100%の笑いである。

大人の男が心ならずも利益を得るために
無理に繕っている含みの多い笑いは狐と狸のばかしあいである。
その笑い声の底流にある錆びついてしまっている感情が見えるようで
わきでその笑い声を聞いているとつい苦笑してしまうのである。

その苦笑は自分自身に対するほろ苦さでもある。
昔、心の底から大笑いしたこともあったのだということを思い出し、
自分もまた歳を取って感性が鈍くなってきたことをそこに見るからである。
歳をとると素直に笑えなくなるのである。

そして涙を流せなくなるのである。
涙を出す機能が衰えてくるということもあるだろうが、
大人が涙を流すのはみっともないという自制心が働くからなのだろう。
もっとも年寄りは涙もろくなるというから還暦を過ぎたら泣いてもいいのである。

悲しいから涙が出るのではなく、
涙が出るから悲しくなるのだよという映画のセリフがあったが、
映画を見て流す涙はもちろん悲しいからではなく、感情のリフレッシュのための涙なのである。
画面の中の役者が泣いているという場面に反応してこぼれる涙は娯楽の涙である。

心の中になんの憂いもない涙だから心地よいのである。
目からぽろぽろ涙があふれでることでいい気持ちにひたれるのである。
感動は快感なのである。
泣かせる映画はその快感をもたらしてくれるのである。

お酒を呑んで楽しいのも
「うまい」という快感が得られるからである。
泣かせる映画もまた快感の一つなのである。
それを知っているから庵主は好んで泣ける映画を見に行くのである。

庵主おすすめの絶対泣ける映画は
中国映画の「再見」(ツァイチェン)である。
この映画は心地よく泣ける。
涙をとどめようとしても感情が勝手に反応して泣けるから、泣いていておかしいのである。

本日の泣ける映画は「ALDAYS 三丁目の夕日」である。
泣けるぞ、泣けるぞと思いながらやっぱり出てくる涙のここちよいこと爽快である。
映画の中で「清酒 沖正宗」の幟(のぼり)が目についた。
そして明日は佐々部清監督の「カーテンコール」が待っているのである。
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# by munojiya | 2005-11-30 00:08 | Trackback | Comments(0)
お酒のうまい順番
士農工商といえば江戸時代の身分の序列である。
身分の偉い順番である。
庵主は、天賦の才能の序列を師能巧娼としている。
くわしい説明はここではしない。

ビール、
発泡酒、
第3のビールと
お酒の世界にも序列がある。

うまい順番である。
ビールというのはまっとうな酒である。
当たり前の酒である。
疑問を抱かずに飲んでいい酒である。

発泡酒になると
自分を納得させて飲まないと
飲んだあとに不満が残る酒である。
財布の中身が寒いからしょうがない、という次善の選択である。

第3のビールになると
その名称からして偽りそのものである。
ありゃ、ビールではないのだから。
納得を越えて一線を踏み外してしまった酒である。

人造バターという言葉があった。
代用酒という言葉もある。
庵主ならためらわず如何物(いかもの)という品々である。
如何物をけなしているのではない、庵主はそういうのも好きなのである。

その如何物のヒット商品が第3のビール(以下、代用ビールと書く)なのである。
ビール・発泡酒・代用ビールを含めてビール類と呼ぶことにする。
ようするに見た目はビールみたないものという意味である。
実用上は代用ビールも十分ビールだからである。

ビール類の中に
上から、ビール・発泡酒・代用ビールという違いがあることは
その製造法なり違いなどを知らない人でも
だれもが知っていることである。

ビール類における
身分の序列なのである。
それを飲む人の身分を明らかにしてしまう
厭味な商品なのである。

もっとも
お金持ちはビールなどは飲まないだろうから
ビールを飲む人も
代用ビールでいいやという人も大した変わりはないのだが。

庵主は代用ビールが駄目でビールしか呑めない人である。
ということはビール類を飲む人ということである。
したがってお金が有り余っている人ではないことはもちろんである。
ビールを飲む時のあの貧乏感がたまらないのである。

世の中の大勢に
いま与(くみ)しているという安心感と連帯感がたまらなくうまいのである。
ようするにビールはうまいのである。
ただし代用ビールは味が惨めだから体が受けないということである。

貧乏はいいが、
せめて酒ぐらいはうまいものを飲みたいと思うのに、
そのせめてさえも満たしてくれないから
代用ビールは駄目なのである。
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# by munojiya | 2005-11-29 00:25 | Trackback | Comments(0)
そういうお酒をクールな酒と呼ぼう
日本酒には
甘口と辛口という表現がある。
甘口は女酒と、辛口は男酒といわれることがある。
その辛口というのがやっかいなのである。

データー的には
日本酒度という
比重計を使った数字が明確に出てくるようになっている。
プラス3とかマイナス2とかいった数字が裏ラベルに書かれていることが多い。

ちなみに
プラスは辛口、マイナスは甘口の酒とされている。
されてはいるが、
実際にそのお酒を呑んだときの印象は必ずしもそうでないからやっかいなのである。

庵主の好みは
甘い酒である。
甘口の酒ではない。
正しく言うと日本酒度は辛口ではあるが、呑んだときに甘く感じるお酒である

プラスの3から6ぐらいの範囲で
まろやかな酒質のお酒が好きだ。
呑める上限が+7である。
+8とか、+10とか、+14とかのお酒は呑んでもまずうまいと思ったことがない。

「雪の松島」が+20というすごいお酒を出している。
その一升瓶を見ただけで庵主は後ずさりをしてしまうほどである。
例外は+14の「喜楽長」の超辛口である。
これだけは呑める。だから天保正一杜氏のお酒が好きになっちゃうのである。

+12の「春鹿」とか、同「刈穂」の辛口も
口にしてみると
「んむっ」とは思うが
やっぱり駄目である。

超辛口の酒は庵主には呑めないのである。
呑んでもうまいと感じないのである。
しかしである。
時にはその手のお酒が届けられることがあるから大変なのである。

ありがたいことであるが、
困るのである。
でもそういうときの必殺技を会得したのである。
安いカマンベールチーズを買ってきてそれを呑むと辛口の酒は存外いけるのである。

日本酒とチーズの相性は思いの外いいのである。
チーズはなにもワインだけのものではないのである。
お酒もチーズも醗酵食品ということで相通じるところがあるのだろう。
じつは辛口の日本酒に生チョコレートもいけるのであるが詳細は後日の話とする。

甘口、辛口は、洋酒ならスイートとドライである。
では超辛口のお酒はなんといおうか。
スーパードライではビールになってしまう。
庵主はそれをクールなお酒と呼ぼうと思う。

クールなお酒とは、冷えたお酒ではなくて、
庵主に舌につれないお酒という意味である。
歌の歌詞なら薄な酒というところである。
庵主の心に引っかからずに通り過ぎていく冷たいお酒のことである。

日本酒にチーズといい
日本酒に生チョコレートといい
そこまでしてお酒を呑みたいかといわれたら
貰い物の超辛口のお酒を無下にするわけにはいかないからと答えるのである。
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# by munojiya | 2005-11-28 00:30 | Trackback | Comments(0)
きき酒師
きき酒師という資格がある。
SSIがその認定をしている。
資格を得るためになんだかんだで10万円ほどの費用がかかる。
まじめに受験勉強すれば取得できる資格である。

きき酒師の資格は
勉強が嫌いでなければだれでも取れる資格である。
庵主は受験者の50%以上が合格できる試験のことをだれでもと書いているのだが。
そしてきき酒師にはお金を出せばさらに上級の資格が用意されているのである。

それを見て、きき酒師の資格を資格商法だといって嗤う人がいる。
多くのうまいお酒を実際に呑んで知っている呑み手である。
お酒がわかっている人である。
本で覚えた知識なんかでお酒がわかるかという正論である。

たしかに、
この世で一番わびしい知識はなにかといえば、
呑みもしないお酒の知識をいっぱい持っていることだろう。
お酒を呑んでうまいと感動したことがない人のもっている言葉(知識)だろう。

映画の学校というのがあるが、
昔読んだ映画監督が書いた本の中に
映画館こそが本当の映画を学ぶための学校なのだと書いてあった。
映画の全体像をそしておもしろいか否かを金を払って見渡すことができるからである。

撮影現場の技術は映画を作るための技術であって
それは手段なのだから
技術からは映画は生まれない。
映画のおもしろさを知るためには映画館で見るということなのだという。

お酒も
酒造りの知識よりも
まずうまいかどうかを感じることができるかなのである。
そしてうまいお酒を実際に呑んでみることなのである。

いろいろなお酒を呑んだことがない人に
お酒のイメージがわいてくるわけがない。
まずはいろいろなお酒を呑んでみろということなのだが、
しかし、そのためには呑む前に多少はお酒の知識がないと困るのである。

いろいろなお酒を呑むといっても
白鶴、月桂冠、大関といった普通酒ばかり呑んでもしょうがないからである。
酒の違いを知っていないと遠回りをすることになる。
そのためには資格商法かもしれないが基本的なお酒の知識は有用なのである。

そもそも
つい最近までは
居酒屋はおろか酒販店までも日本酒に対する知識が十分とはいえなかったのである。
酒税を取る役所が呑み手に知らしむべからず依らしむべしを通していたからである。

そんな状態で酒を売っていていいのかという
お酒の売り方に対する反省から、
そしてもっと日本酒を知って呑み手にうまいお酒を提供しようという思いから
最低の知識を業界に広めようというのがきき酒師の資格なのである。

受験者は酒販店の店員だったり
居酒屋のおかみさんだったりする。
そして庵主のようなマニアも加わる。
お金が掛かるから一生懸命になって覚えるのである。

金がかかる資格商法を逆手にとってお酒の知識を取得するというわけである。
そういう点ではなかなかいい資格なのである。
ソムリエの資格試験に比べるとずっとまともである。
ただSSIはお金を取って上級資格を作ったからボロが出ただけなのである。
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# by munojiya | 2005-11-27 01:04 | Trackback | Comments(0)
妹にはかなわない
沖縄こそが日本人の起源なのではないかという説がある。
沖縄ではおばぁが男よりずっと強いという。
たしかに日本人一般でもまともな男は女には頭が上がらないからである。
いや日本人の男の倫理観には女に対して一歩引く心の余裕があるということである。

レディファーストを標榜する白人文化には
裏があるという。
女を連れ立って歩くときは
男は車道側に立って女性を守ってあげるのがエチケットであるという。

なんてことはない。
当時は
建物側を歩くと
上から黄金の爆弾が降ってくることがあったから男がその難を避けるためだという。

部屋にはいるときに
うやうやしく女性を先に入れるのも
刺客(しかく)が潜んでいたときに
男が怪我をしないためだという。

よく車の後ろに貼ってある
お先にどうぞ、
天国へ、と同じ発想である。
白人男にとっては女なんかどうなってもいいという御身大切の発想なのである。

日本で男が女を立てるというのはそういう一面もあるだろうが、
男は女とけんかしても絶対勝てやしないからである。
処世術として西洋よりは一段と成熟しているといったほうがいいだろう。
女を崇める社会は文明度が高いのである(ということにしておこう)。

だから庵主も女にはさからわない。
庵主は妹にも頭があがらないのである。
庵主の出自は北海道の千歳市である。
小さいときから航空自衛隊が飛ばす戦闘機の爆音を聞いて育った。

新千歳空港に降りたら到着便出口の横にスナックコーナーがあって
そこで「サッポロビールクラシック」のお迎えを受けるのである。
つい目が合ってその生ビールを飲みたくなる、飲んでしまうのである。
するとすぐ庵主の顔は真っ赤になってしまう。

すこし時間をおくとさめるのだろうが
到着時刻を伝えてあるから
妹がその時間に合わせて
飛行場まで車で迎えにきてくれる。

だから
ビールを飲んだことがいっぺんにばれてしまう。
すると叱られるのである
昼間からお酒を飲んで顔を赤くするなんてみっともないんだから。

返す言葉がない。
まったくそのとおりだからである。
いまでは東京暮らしだから北海道の大地は庵主にとって旅先の地なのである。
旅に出た気分が庵主の気持ちを開放してしまうのである。

サッポロビールの「クラシック」がまたうまいのである。
顔が赤くなることはわかっていても
ふにゃふにゃの薄いプラスチックカップに入っている出てくる生ビールが
あっと言う間に喉を通り過ぎていくのである。

妹のいうとおりなのである。
真っ昼間から酒を飲んではいけない。
昼日中から顔を赤くしているなんて堅気の日本人の倫理観が許さないのである。
妹のおっしゃるとおりなのである。
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# by munojiya | 2005-11-26 00:31 | Trackback | Comments(0)
朝届くお酒
その日の朝に
ホームページで見つけたお酒を
速攻で注文すると
要入金との連絡がある。

いまは
インターネットで
自分の銀行口座からの振り込みは
手元のパソコンでできるから支払いは早い。

おりかえし
ご注文のお酒は
本日発送しますとのメールがはいる。
そのお酒が翌日の午前中には届くのである。

お酒は
目利きが選択したお酒である。
心配のないお酒である。
ただただ期待が高まるお酒である。

じつは
そのお酒と同じ蔵元が造った米焼酎があって
それも一緒に買ったのである。
純米吟醸のそのお酒に混ぜて呑むためである。

その焼酎も
目利きによると逸品であるという。
しかし、庵主は
焼酎を呑んでうまいと感じたことがないから焼酎に過大な期待はしていない。

お酒は杜氏の名前が、いや、その名字だけが付けられた酒である。
自信のほどがうかがえる。
宅配瓶で届いた瓶を手に取ったときのうまそうなオーラもいい。
目利きが言葉豊かに語る宣伝文句がしっかり庵主の頭の中にしみこんでいる。

庵主は映画を見る。
映画は劇場で見る。
テレビで放映される映画みたいなものは、
あれは本物ではない主張する差別主義者である。

テレビがないからひがんでしまうのである。
テレビで流れる映画をバカにしてるのではない。
それを平気で見る人の感性を称賛しているのである。
だって、映画館でみる映画のほうがずっとうまいからからである。

テレビがないと、
ときどき無性に映像を見たくなることがある。
酔っぱらいたくなったら、まっとうなお酒を呑む、普通酒なんか呑まない。
映像を見たくなったら、映画である、テレビにそれを求めない。

飛び込みで映画館にはいるからその映画の意味を知らずに見ているのである。
だから見てもおいしいところの半分ぐらいしか理解できないのである。
あとでその解説を読んでうまいところを全然認識していなかったことを知るのである。 
その映画のうまいところをすっかり見落としていることが少なくない。

お酒もそれに似ている。
そのお酒の意味を知って呑むと2倍も3倍も楽しめるのに
知らないで呑むと、呑んだという記憶を残して消えていくだけである。
お酒をおいしく語れる人はだから業界の宝なのである。

ちなみに
目利きの人とは
酒商人の「銘酒市川」さんである。
お酒を語るその言葉を読んでいるだけでも庵主はお酒に酔ってしまうのである。
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# by munojiya | 2005-11-25 00:14 | Trackback | Comments(0)