二等兵ビールがうまい
8月15日の靖国神社の境内は
あの戦争をなつかしむ人たちでいっぱいになる。
のどもと過ぎれば熱さも忘れる。
日本人はその忘れ方が上手なのだと思う。

ただ庵主はまずい酒を呑んだときだけは長く忘れられないのである、その酒銘を。
日本軍は負戦(まけいくさ)の原因をすぐ忘れて
また同じような負け方をするのが得意だったという。
忘れることが得意だということはやっぱり日本人の特質のようである。

いやな戦争も60年たったら今の生活にそれが生きている方がおかしい。
しかも人の殺し合いである、美しい記憶ではない。
その手の記憶は忘れることができるものなら忘れるにこしたことがない。
それなのにいまそれが懐かしくなってしまった人たちが集まってくるのである。

昔のことが懐かしくなったら
歳をとった証拠であるという。
いまがたしかでない生きかたをしているとよすがを過去に求めたくなるからである。
長生きしても生きていく目的を定められない人が少なくないということである。

終戦記念日の靖国神社には
そういう気持を慰め合う人たちが集まってくる。
お祭りなのである、にぎやかな一日なのである。
神社にとっては初詣に次いで人出が多い日だろうと思われる、書き入れ時である。

軍装でラッパを奏でている人がいる。
軍歌を歌っている人たちがいる。
旧日本軍の軍服を着た
コスプレプレーヤーがいる。

右翼の恰好をした長髪の女の子がいる。
戦闘服というのか胸に日の丸が付いている紺色の作業服みたいな服を着ている。
首相の恰好をした人を探したが
見当たらなかった。

中にはおまわりさんの恰好をした人もいて
それもコスプレかと思ったら制服を着た警備のおまわりさんだった。
この糞暑いのに暖かそうな乱闘服を着ている本物の機動隊員は誠にご苦労さまである。
境内は若い人もいて活気にあふれている。

靖国の夏は暑い。
そこでさっそく生ビールである。
境内にある休憩処で
飲むことができる。

そこで呑むのは二等兵ビールである。
マークが星一つだから
庵主は靖国神社で飲むサッポロビールのことを
そう呼んでいる。

350MLの紙コップに
目一杯いれてくれた。
泡がほとんどない。
それで600円。

この日参拝に来ていた人たちは口々に暑い暑いともらしている。
本当に暑い日なのである。
境内を覆い尽くす蝉時雨がいっそう暑さをつのらせる。
なにもわざわざこんな暑い日に参拝にくることもないと思うのだが。

なあに暑いとはいってもたかがしれているのである。
弾丸や食糧の補給もない南方の戦線で
マラリヤの治療薬もなく灼熱に耐えて戦っている兵隊さんのことを思えば
よく冷えている二等兵ビールが飲める内地は極楽そのものなのである。
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# by munojiya | 2005-08-16 00:05 | Trackback(1) | Comments(0)
異見あり
純米酒至上主義者というか、
庵主が呼ぶように純米酒原理主義者というか、
いずれにしても同じことだが、
日本酒は純米酒でなければならないと考える人がいるのである。

庵主は
それを冗談で主張していると思っているから
その手の話は
酒の肴の一つとしか思っていない。

庵主の立場はこうである。
酒は純米酒のうまいのを呑んだら、わざわざアル添の酒を呑むことはないと思う。
が、多くの純米酒はあまりうまくない。
うまくない純米酒よりアル添でもうまいお酒の方を好む。

ようするに
うまいお酒が呑みたいのである。
いや、逆である。
体質的に、うまいお酒しか呑めないのである。

種類も量も多くの日本酒を呑んでいて
また業界にもくわしく
よくお酒を知っている呑み手の一人が
正論を吐いている。

醸造酒に
蒸留したアルコールを添加したら
それはリキュールである。
そういう日本酒を醸造酒として売っているのが間違っている、と。

たしかに
本醸造酒以下のアル添酒は
それを醸造酒と言って売ったら
不当表示どころか、詐欺表示といった方が正しい。

とはいえそれに近いことが行なわれているのが日本酒の現実なのである。
日本酒は醸造酒であると無条件で書いてあったらそれは間違いである。
一部の日本酒だけが醸造酒だからである。
売るときにはただ日本酒とだけいわないからそこのところをうまく逃げているのである。

その正論の人がつぎのような意見を自分のホームページに公開した。
国税庁が清酒に「地理的表示」を導入する方針を打ち出したことに対する
大手酒造メーカーのトップの発言をとらえて非難したのである。
あるトップ曰(いわ)く、アル添酒は消費者の需要創造に寄与した。

また別のトップ曰く、アル添は江戸時代の柱焼酎からあった酒造技術である、と。
旗幟鮮明のその呑み手は「そういう考え方こそ日本酒を堕落させた元凶である。
それらは典型的な純米酒を認めない人、もしくは認めたくない人の発言であり、
日本酒の大メーカーのトップは意識が低過ぎる」と筆鋒は鋭い。

庵主は二人のトップの発言を役割性格であると思っている。
立場上そう言っているだけなのである。
多くの従業員を抱えている経営者が
自分の商売を否定して社員を路頭に迷わせるような発言ができるわけがない。

アル添酒こそ庶民の味方だなどと
殊勝な発言をしているお二人も
ぶだんはそんなまずい酒を呑んでるわけがないのだから。
ようするに日本酒の呑み手を甘くみているのである。

話は変わって、安いアルコールがいいお酒だというのならば、
スーパーで700ミリリットル瓶入りの白ワイン398円(税込)というのがあった。
アルコール度数は14度である。
さすがに焼酎の「大五郎」にはかなわないのだが。
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# by munojiya | 2005-08-15 00:24 | Trackback | Comments(4)
ヒトラーが飲んだ酒
   
「ヒトラー~最期の12日間~」という映画を見る。
欧米のスーパースターであるヒトラーの映画である。
今では超悪役とされているヒトラーであるが、
そうはいってもドイツだって一生懸命戦争をしていたのだという心温まる映画である。

それにしても
あのころの歴史書をひもとくと
世界中がこぞって狂ったように戦争をしていたのである。
宇宙人から、地球の人口を減らせとでも電波を受けていたかのようである。

日本もその例外ではない。
敵国人もよく殺したが、おなじ日本人もいっぱい殺したのである。
日本はアメリカとの戦争で負けたのだが、
なぜアメリカは日本に戦争を仕掛けてきたのかが庵主にはいまでもわからない。

日本はアメリカ本土を攻撃する気持はさらさらなかったのである。
攻められる心配が全然ない国が
なぜ太平洋をまたいで日本に喧嘩を吹っ掛けてきたのか。
日常生活でそれをやったらキチガイである。

なんら敵対心がない相手に対して一方的に喧嘩をけしかけるのである。
そういうのを難癖をつけるという。
アメリカはやくざなのである。キチガイといっても外れではないが。
アメリカという国はよっぽど戦争が好きな国なのである。

表向きは日本とアメリカの国同士の戦争であるが、
裏面にはべつの思惑が走っていたのだろう。
結果は、日本の奮闘努力によって
結果的に白人の植民地を解放するという歴史を切り開いてしまったのである。

戦争の細部の出来事を取り上げて
その戦争が終わって60年もたつのに
反省している人たちがいるが
そういうのは一種の病気である。

戦争というのは平時ではない。
人間がやりたい放題をやる異常な期間である。
それに平時の常識を重ね合わせて善悪を論じても
意味がないのである。

日本酒がそうだった。
戦時中は原料の米が足りないということから
アルコールで薄めたお酒を造っていたのである。
それを米余りの現在からみてそんな日本酒はウソだといってもはじまらない。

ヒトラーの映画はベルリンの地下に造られた防空壕でのシーンが多い。
食事の時にはヒトラーは赤ワインを飲んでいる。
将校は食堂でビールをあおっていた。
ドイツの国酒はワインとビールの二本立てなのである。

日本の国酒も清酒と焼酎の二本立てである。
両国とも酒には恵まれているということである。
日本も戦争が長引いて物資が不足したときに
上層部の人たちはうまい日本酒を呑んでいたのだろうか。

ワインとビールを比べるとワインが格上ということになる。
日本酒に対する焼酎がビールといったところか。
酒に対してまで序列をつけてしまうというのが面白い。
酒に限らず職業とか人種とか顔の美醜とかなんにでも暗黙の序列があるのである。

ヒトラーの映画は
最後に字幕でナチスドイツは600万人のユダヤ人を虐殺したと出てくるが
それが今では嘘の数字であることはよく知られているところである。
けっきょくこの映画も宣伝映画だったのである。見苦しい。
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# by munojiya | 2005-08-14 00:10 | Trackback(2) | Comments(0)
三増酒がんばれ
いまでこそ三増酒は
日本酒の全生産量に占める比率が
小さくなったとはいえ、
一時はそのほとんどが三増酒だった時期がある。

三増酒というのは
先の戦争中に始まったアルコールを添加する醸造法をひきずって
戦後の原料米不足と腐造を乗り切るために考え出された醸造法で
いうならば緊急避難であった。

緊急避難というのは
法律用語で
危険を避けるため
やむをえず人や物に侵害行為を行なっても違法性は問われないという意味である。

よくある例が
船が遭難して一人しか掴まれない板切れに
二人の人が掴まったときに
自分が生き残るためにもう一人を排除しても違法性はないというものである。

ここで緊急避難といったのは
前後の手だてを考えている余裕のない緊急時には
その場をしのぐための手段は許されるという意味合いである。
原料の米は足りない、しかし酒は呑みたいという逼迫した状況だったのである。

三増酒というのは
三倍増醸酒ということである。
米と米麹だけで造った日本酒に対して
アルコール等を加えて3倍量のお酒を造りあげる醸造法である。

林檎ジュースを
水で薄めて3倍にして
林檎ジュースといって売るようなものである。
そんなのを林檎ジュースといえるだろうか。

よくいっても林檎ジュース風清涼飲料だろう。
はっきりいって貧乏人用ジュースである。
自分で飲む分にはそれをわかって飲んでいるのだからいいが、
人前に出せる代物ではない。

お酒には水っぽい酒という悪口がある。
「これは酒か、酒にしては薄いぞ」という非難の声である。
こんな酒ではいくら呑んでも酔えないぞ主(あるじ)、という
商売上手なお店に対する苦笑である。

酒っぽい水という笑い話がある。
「これは酒か、
水っぽい酒というのは聞いたことがあるが、
酒っぽい水というのは聞いたことがないぞ」。

その手のような酒を
一生懸命造っていた時代があったのである。
とにかく造れば売れたからである。
今でも三増酒はしっかり造り続けられている。

そして、三増酒は日本酒の悪の代名詞なのである。
それなのに今なお三増酒を造っている人の主張を聞きたいのである。
酒呑みなんてのは酔えりゃいいのであって
安いにこしたことはないんです。

その要求を満たせるお酒は三増酒しかありません。
たかだか酒を呑むのに
なんだかんだとご託を並べて呑むというのは酒呑みの風上にもおけない外道です。
といった勇ましい意見を聞いてみたいのである。
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# by munojiya | 2005-08-13 00:19 | Trackback | Comments(0)
「鉄腕アトム」
「鉄腕アトム」といえば
手塚治虫の漫画である。
が、韓国では
それは韓国人によってかかれた漫画ということになっていたという。

著作権法云々(うんぬん)以前の
バクリというにも悖(もと)る
韓国人特有と思われる
日本人の嘲笑をさそう一面である。

そのような韓国人の一面をとりあげて
韓国人をからかうことが
いま一部の日本人の流行になっている。
庵主にいわせると韓国が日本より30年ぐらい遅れているということなのである。

反韓とか嫌韓とか厭韓という言葉があるが、
それは相手が一人前の国だという前提があってのことだったが
いまや冷静な日本人は避韓とか、それこそ無韓心となっている。
いちいち相手をしてやるまでの国ではないということがわかったからである。

「鉄腕アトム」が
実は日本の漫画だと知ってがっかりしたという
韓国の建築家の
エッセイがあった。

嘘はばれると
騙された人の心に深い傷を残すのである。
嘘をつくのなら
最後まで騙しつづけなればならない。

韓国人も、
いまは
「鉄腕アトム」が嘘だったということがわかって傷ついているだけですんでいるが、
その愛国の歴史の嘘がばれたときの心に与える傷の深さは想像に難くない。

アメリカ占領軍による
戦後の嘘が最近やっと知られるようになってきた。
小林よしのりの漫画が
若い日本人に与えた衝撃は小さくなかったようである。

嘘がばれたときの
反動は大きいのである。
韓国人が
なぜ「鉄腕アトム」を自国の作家による漫画だと改竄(かいざん)したのか。

その心情を邪推すると
やることがえげつないとか、あさましいとかいう印象を通り越して
哀れを感じてしまうのである。
哀れを感じた時点で庵主は韓国人に圧倒的優越感を感じてしまうのだ。

優越感を感じるところには
その相手側にも
それを引き出す行動とか要素が見られるようである。
一言でいえば品がないのである。

もっとも韓国人のそのような行為をみっともないと感じる日本人がいるとしたら、
長野県で袋詰めされた中国製の蕎麦粉を使った「信州蕎麦」とか
よく見たらたしかに梅は中国産と書かれている「紀州の梅干し」とかを目にするとき
韓国人の気持がよく理解できることだろう。

日本酒の蔵元に台湾から種麹を安く売りますというダイレクトメールがくるという。
韓国産の日本酒をまぜたパック酒もあると聞く。
表示はきちんとされているとは思うが
せめて日本酒だけはその名のとおり日本の誇りであってほしいのである。
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# by munojiya | 2005-08-12 00:38 | Trackback | Comments(0)
猛暑来襲
東京はこのところ連日気温が三十数度を越える日が続いている。
日常生活をするのにはちょっと暑過ぎる。
汗、汗、汗である。
喉が渇くので水分を補給すると即座に汗が噴き出してくる。

給水と発汗のいたちごっこである。
体を冷やさないと意欲と気力がわいてこない。
水のとりすぎで食欲がわいてこない。
うまい物を食わないことには力が出ないというのにである。

このくそ暑い時期に高校野球が始まる。
甲子園の灼熱のグラウンドで
若い肉体に汗をかかせて
それを見て楽しみというのは年寄りの悪趣味である。

高知県の代表になった高校が
生徒の不始末があったことがバレて出場を辞退したという。
生徒の不始末があったら連帯責任で出場を辞退すれというのなら、
今夏の高校野球大会は同じく連帯責任で自粛しないのかというとそれはない。

新聞社の収入源だから、背に腹は変えられないからである。
口先一つ、ペン先一つで都合のいい理屈はいくらでもひねくり出せるのである。
昔の運動部は夏の運動時に水を飲ませなかったという。
いまは喉が渇く前に水分を補給せよと指導しているという。

ウサギ飛びという練習方法があったが、
いまでは
それは足を傷めるだけの狂気の練習法だとされている。
いまなおそれをやっている指導者はいじめの快感に酔っているのである。

選手を支配するという快感にひたっているのである。
真夏の真っ昼間の冷房がきいていない球場での
野球などは考えるまでもなく狂気の極致である。
日本の野球人はいまでもウサギ跳びの時代に生きているのである。

それが続けられているということは
戦時中は国民に戦争を煽った朝日新聞社の病気が
まだ治っていないということである。
新聞を売るためには何をやってもいいんだという居直りがである。

そして、かつては野球青年だったに違いない
高野連のおじいさん方の若い肉体に対する嫉妬である。 
それに起因する苛めの快感に狂っているのである。
そのことを老醜と見るよりはそういう人たちが野球人だということである。

高校野球のときに
甲子園球場では
ビールなどのアルコールを販売しているのだろうか。
売られているとしたら高校野球はまさに見せ物である。

新聞社主催の
なんとかサーカスと同じである。
かわいそうに純情な高校生は紙面でおだてられて大人の食い物にされているのである。
もっともそれがわからないほど高校生は馬鹿ではないだろうが。

野球は
テレビで見ると緊張感のあるゲームだが
球場で見ると間の抜けた、おっと緩慢に進行するゲームである。
見せ場はわずかである。

その間(ま)をつぶすのが生ビールである。
グラウンドで繰り広げられる
高校球児たちの若さの発散を見ながら飲む生ビールがうまいのである。
球児の汗と、生ビールを飲んだあとに噴き出す汗とが共鳴するからである。
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# by munojiya | 2005-08-11 13:12 | Trackback | Comments(0)
ご自愛ください
暦の上では
すでに立秋である。
どこが秋だ、と誰もが思う。
東京は連日の猛暑で夏真っ盛りなのである。

暦と季節が合わないのである。
日本は文明社会のはずなのに
そんな不便な暦を使っているということである。
そのことをだれも疑問に思わないのだろうか。

天動説を間違っていると説いたたわけがいて、
地動説を真理だとするクソ真面目な方がいて
それを合理的だと考えるそそっかしい人がいたことで
その弊害をいまに引きずっているというのが真実なのだろう。

庵主は、天の運行よりも
日常生活の季節感覚の方が
ずっと大切だと思うから、
地球の回りを天が回っているという考え方のほうがより馴染むのである。

球体の星に住む
表側 と裏側の人間が
同じ暦を使うというのは
便利なようで実は非実用的なのである。

それが便利だと考える人は
庵主と違って世界が広い人たちである。
グローバリストと呼ばれてからかわれているところの
傍迷惑な人たちのことである。

食い物とか、お酒とか、飲み水とか、
日常生活というのは
身近なところでまかなわれるのが
正常だろう。

それをどこで作られたのかわからない
輸入食品で代用するという発想が庵主にはわからない。
たとえば、国産の日本酒は高い原料米を使っているから値段が高いので
安い舶来日本酒でいいではないかという発想についていけるだろうか。

立秋になると
手紙の世界では
暑中見舞いがその日からは残暑見舞いになる。
そういうしきたりになっている。

その際のきまり文句がご自愛くださいである。
暴露系のホームページにあった読者からの投稿。
「いつも大変に興味深く読ませて頂いています。
サイトの性質上ご自愛下さい。」

なるほど、
まさに、ご自愛下さい、である。
相手の健康を気遣う言葉である「ご自愛」が
ここでは脅迫の意味合いさえ感じられるからすごみがあっておかしい。

暴露系は時に身の安全に気をつかわなければならないということである。
本当のことを書かれたら困る人がいるということである。
そういうことを書く人に対する軽い警告がご自愛くださいなのである。
実力を行使してでも口封じに走る人がいるから気をつけろという忠告である。

庵主もまた
時に日本酒の秘密をあからさまに書くところの暴露系であるから
そのうちご自愛くださいという手紙が届けられるかもしれない。
もっとも小庵である、「むの字屋」を知る人が少ないことが幸いである。
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# by munojiya | 2005-08-10 00:21 | Trackback | Comments(0)
ちょっとだけ、マジック
庵主は手品が好きなもので
ちょっとだけ手品の話である。
いまはどんな分野も細分化と専門化が進んで
それぞれの最先端は一般的な常識では理解できない所まで進歩してしまっている。

手品の世界もまた同じである。
最先端のクロースアップマジックを目の前で見せられたら
多少は手品の心得がある庵主でも全然タネがわからないものがある。
どうなってるのだろうかと考えても思いつかないその不思議を楽しむのである。

もっとも
それがどうなっているか
あるいはどうやったのかと
聞けば教えてくれないこともない世界なのだが庵主はあえてそれを聞かない。

知らなければ
いつまでも不思議を心の中で楽しむことができるというのに
そのワクワクする気分を
べしゃんこにする必要を感じないからである。

いま気に入っているのは4枚のA(エース)の手品である。
4枚ずつ四つの山に分けたカードの一番下はすべてエースである。
そのAがオマジナイをかけると一枚ずつ一つの山に集まってしまうのである。
それ以外の山からはさきほどまではたしかにあったAが忽然と消えてしまう。

4枚ともA以外のカードになってしまう。
消えたAは別の山に移ってしまうのだ。
Aが移った山のカードを見るとAが2枚他のカードが2枚になっている。
最後は全部のAが一つの山に集まってしまう。

これは見ていて気持ちいい。
自分の目でしっかりみているのに
オマジナイをかけるごとに
Aが本当に消えてしまい他の山に移動してしまうのである。

裏では
相当こったことをしているにちがいない。
それが全然不自然にみえないから
どうしてそんなことが起こるのか不思議でならないのである。

たぶん、種明かし、というかそのルーティン(手品のやり方)を聞いても
庵主には再現できないだろうと思っている。
だったら不思議な気持をいつまでも抱えていたい。
その種明かしは知る必要のないことなのである。

手品は種明かしをしてはいけない
という原則があるという。
手品をやる人たちおよび見る人たちの中に
本当にそうなのかと疑問に思う人が出てきたのである。

中にはいるのである。
人には見せることのない手品を一生懸命練習して
ただその手品が自分でできるということで手品を楽しんでいるという人がである。
庵主がそうである。

いまは手品ブームだという。
手品の種明かしやルーティンを秘密にしていたら
手品の世界は一部のマニアだけの閉鎖的な世界にとどまって
進歩のない古いスタイルがいつまでも跋扈することになるという危惧なのである。

日本酒の世界は
うまいお酒の製造法を開示することによって
その製造技術を競わせることで
今日のようにうまい酒が百花繚乱といっていい状況を造り上げたきたのである。

手品の種の開示はほんとうによくないことなのか。
手品が人を引き付ける魅力の一つに
発想のおもしろさがあるということなのである。
その発想に触発されて自分もまた面白いことを考えてみたくなるということである。

それを享受する人が多いほど
その世界は
豊かな発想をとりいれることができる。
得られる果実が大きくなるということである。

お酒が人を引き付ける魅力の一つはうまいということである。
その魅力を独り占めして
一部の人たちだけがそれを楽しんでいたのでは世界が狭まるだけなのである。
だから庵主は酒のうまさをどんどん開示していくつもりである。

角川oneテーマ21という新書で
吉村達也が「マジックの心理トリック」という本を出した。
手品のことを書いたら原稿枚数がたりなくなってしまったという。
庵主もまた手品のことを書いたらいつもより文章が長くなってしまったのである。
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# by munojiya | 2005-08-09 00:37 | Trackback | Comments(0)
ほんとうの地酒はここにある
最初にあやまっちゃいます。
贔屓の引き倒しです。
でも、庵主の
一番好きなお酒なんです。

好きに、他人からとやかく言われる理由はない。
惚れてしまえばあばたもえくぼなのである。
秋田の「福乃友」が醸している
純米吟醸「冬樹」の生酒のことである。

米は、地元産のキヨニシキというご飯用の米である。
純米吟醸酒だから舶来アルコールの添加はない。
水は、酒造りには好都合な鉄分が少ない雄物川の伏流水である。
杜氏は、山内杜氏鶴田惣太郎である。

ほんとうの地酒はどこにあるの答の一つがここにある。
思うに、
なんでも地元のもので造ったから地酒というものではない。
その風土に依っているうまいお酒が地酒なのである。

そのうまいお酒に造り手の気持が感じられればいい。
もっともお酒を呑んでそこに造り手の気持がわかるわけがない。
ただ一つたしかなことは
そういうお酒はまちがいなくうまいということである。

うまいに、あれこれご託を並べる必要はない。
呑めばわかるからである。
そのうまいという一事(いちじ)が地酒のすべてである。
大手メーカーの酒の真似をした酒まで地酒と呼ぶまでもないだろう。

大手メーカーが大量に造っている日本酒というのは
うまい酒をめざして造っているお酒ではない。
庵主が呑んでいる地酒が高級乗用車だとしたら
大手の酒は軍用トラックのようなものである。

乗り心地を比べても意味がない。
軍用トラックのような実用的なお酒を
まともな日本酒だと思われても困るのである。
どっちがいいお酒であるかは目的が違うから比べることはできない。

座席に使う生地の素材がちょっと違うだけで
全然乗り心地が変わってくるといった楽しむために乗る乗用車と違って、
丈夫が第一の軍用トラックの座席に
高級なめし革を使えというのは用に反するのである。

ただ残念なことは
日本酒の世界においては平和日本にあっても
軍用トラックの生産台数のほうが
乗用車よりずっと多いという戦時体制が敷かれているということなのである。

平和は戦時と戦時の合間だという見方がある。
それが間違った見方であったとしても
明日をも知れない日常生活において保険をかけておくような堅実な考え方だから
違っていても悪い方にはころばないのでだれも文句はいわない。

しかしである。
明日は戦時かもしれないから
それに備えて今はまずい酒を我慢して呑んでおこうという考え方は
生活の幅がせまいと庵主は思う。

戦時になったら
しかたがないからまずい酒でも呑むのである。
平時になればまたうまい酒が呑めるという夢があるからである。
その夢を奪うようなお酒造りを庵主はよろしいとは思わないのである。
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# by munojiya | 2005-08-08 00:27 | うまいお酒あります | Trackback | Comments(0)
ほんとうの地酒はどこにある?
お酒の本「うまい日本酒はどこにある?」は
増田晶文さんの力作である。
この本があれば
ここしばらくは日本酒の話をするときのネタ本につかえる、と庵主は思う。

というのは
いま庵主が書いている日本酒の話のネタ本が
1988年に書かれた一冊の本だからである。
その本に書かれている日本酒の状況がいまでもほとんど変わっていないのだから。

ただ一つ変わったことといえば、
その間に
日本酒は
どんどんうまくなってしまったということである。

お酒をうまくしたのはだれか。
どちらかというと小さな蔵元である。
全国的にそのお酒を販売している日本酒の大手メーカーをナショナルブランドという。
それとは逆の発想の蔵元がお酒のうまさに磨きをかけたのである。

当然
並行して
技術力がある大手メーカーのお酒も
よくなっていったに違いないということは想像に難(かた)くない。

しかし
その大手メーカーのうまいお酒は
庵主のような一呑み手には呑む機会がない
まさに幻のお酒なのである。

呑むことのできないお酒の話はできない。
それはイヤミでいえば庵主の憧れのお酒なのである。
だから
「むの字屋」には大手メーカーのお酒の話はほとんどないのである。

庵主にとっては
日本酒というのはうまいお酒である。
なんといっても、酒が呑めない庵主が呑んでもうまいと感じるのだから
これは本物なのである。

体にいいものはうまいのである。
ところが
日本酒に対する世評は
いまでもよろしくない。

日本人の多くが
庵主が呑んでいる日本酒とは次元の違うお酒を
日本酒だと思って呑んでいるということである。
庵主が語っているお酒はうまいのが当たり前の日本酒のことである。

そういううまい日本酒を造ってきたのは小さい蔵元だった。
地酒と呼ばれるお酒を醸してきた一つ格下とされていたそれぞれの地方の蔵元である。
小さい蔵は生き残りをかけてうまい酒を造ってきたのである。
だからこそうまい日本酒は地酒にあるのである。

で、その地酒とはなにかというと、
過日、宮崎康平のお言葉を書いた(8月3日号)。
そのとおりなのである。
しかし、その地酒はどこにある?

米は播州山田錦、添加したのは舶来粗留アルコールの精製品、
水は昔からの井戸が枯れたので遠くの水源からタンクローリーで運び入れ、
杜氏は有名杜氏を金にあかせての引き抜き。
そういうお酒を地酒と呼ぶのも気がひけるのだが。
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# by munojiya | 2005-08-07 12:33 | Trackback | Comments(0)