お酒のうまい順番
士農工商といえば江戸時代の身分の序列である。
身分の偉い順番である。
庵主は、天賦の才能の序列を師能巧娼としている。
くわしい説明はここではしない。

ビール、
発泡酒、
第3のビールと
お酒の世界にも序列がある。

うまい順番である。
ビールというのはまっとうな酒である。
当たり前の酒である。
疑問を抱かずに飲んでいい酒である。

発泡酒になると
自分を納得させて飲まないと
飲んだあとに不満が残る酒である。
財布の中身が寒いからしょうがない、という次善の選択である。

第3のビールになると
その名称からして偽りそのものである。
ありゃ、ビールではないのだから。
納得を越えて一線を踏み外してしまった酒である。

人造バターという言葉があった。
代用酒という言葉もある。
庵主ならためらわず如何物(いかもの)という品々である。
如何物をけなしているのではない、庵主はそういうのも好きなのである。

その如何物のヒット商品が第3のビール(以下、代用ビールと書く)なのである。
ビール・発泡酒・代用ビールを含めてビール類と呼ぶことにする。
ようするに見た目はビールみたないものという意味である。
実用上は代用ビールも十分ビールだからである。

ビール類の中に
上から、ビール・発泡酒・代用ビールという違いがあることは
その製造法なり違いなどを知らない人でも
だれもが知っていることである。

ビール類における
身分の序列なのである。
それを飲む人の身分を明らかにしてしまう
厭味な商品なのである。

もっとも
お金持ちはビールなどは飲まないだろうから
ビールを飲む人も
代用ビールでいいやという人も大した変わりはないのだが。

庵主は代用ビールが駄目でビールしか呑めない人である。
ということはビール類を飲む人ということである。
したがってお金が有り余っている人ではないことはもちろんである。
ビールを飲む時のあの貧乏感がたまらないのである。

世の中の大勢に
いま与(くみ)しているという安心感と連帯感がたまらなくうまいのである。
ようするにビールはうまいのである。
ただし代用ビールは味が惨めだから体が受けないということである。

貧乏はいいが、
せめて酒ぐらいはうまいものを飲みたいと思うのに、
そのせめてさえも満たしてくれないから
代用ビールは駄目なのである。
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# by munojiya | 2005-11-29 00:25 | Trackback | Comments(0)
そういうお酒をクールな酒と呼ぼう
日本酒には
甘口と辛口という表現がある。
甘口は女酒と、辛口は男酒といわれることがある。
その辛口というのがやっかいなのである。

データー的には
日本酒度という
比重計を使った数字が明確に出てくるようになっている。
プラス3とかマイナス2とかいった数字が裏ラベルに書かれていることが多い。

ちなみに
プラスは辛口、マイナスは甘口の酒とされている。
されてはいるが、
実際にそのお酒を呑んだときの印象は必ずしもそうでないからやっかいなのである。

庵主の好みは
甘い酒である。
甘口の酒ではない。
正しく言うと日本酒度は辛口ではあるが、呑んだときに甘く感じるお酒である

プラスの3から6ぐらいの範囲で
まろやかな酒質のお酒が好きだ。
呑める上限が+7である。
+8とか、+10とか、+14とかのお酒は呑んでもまずうまいと思ったことがない。

「雪の松島」が+20というすごいお酒を出している。
その一升瓶を見ただけで庵主は後ずさりをしてしまうほどである。
例外は+14の「喜楽長」の超辛口である。
これだけは呑める。だから天保正一杜氏のお酒が好きになっちゃうのである。

+12の「春鹿」とか、同「刈穂」の辛口も
口にしてみると
「んむっ」とは思うが
やっぱり駄目である。

超辛口の酒は庵主には呑めないのである。
呑んでもうまいと感じないのである。
しかしである。
時にはその手のお酒が届けられることがあるから大変なのである。

ありがたいことであるが、
困るのである。
でもそういうときの必殺技を会得したのである。
安いカマンベールチーズを買ってきてそれを呑むと辛口の酒は存外いけるのである。

日本酒とチーズの相性は思いの外いいのである。
チーズはなにもワインだけのものではないのである。
お酒もチーズも醗酵食品ということで相通じるところがあるのだろう。
じつは辛口の日本酒に生チョコレートもいけるのであるが詳細は後日の話とする。

甘口、辛口は、洋酒ならスイートとドライである。
では超辛口のお酒はなんといおうか。
スーパードライではビールになってしまう。
庵主はそれをクールなお酒と呼ぼうと思う。

クールなお酒とは、冷えたお酒ではなくて、
庵主に舌につれないお酒という意味である。
歌の歌詞なら薄な酒というところである。
庵主の心に引っかからずに通り過ぎていく冷たいお酒のことである。

日本酒にチーズといい
日本酒に生チョコレートといい
そこまでしてお酒を呑みたいかといわれたら
貰い物の超辛口のお酒を無下にするわけにはいかないからと答えるのである。
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# by munojiya | 2005-11-28 00:30 | Trackback | Comments(0)
きき酒師
きき酒師という資格がある。
SSIがその認定をしている。
資格を得るためになんだかんだで10万円ほどの費用がかかる。
まじめに受験勉強すれば取得できる資格である。

きき酒師の資格は
勉強が嫌いでなければだれでも取れる資格である。
庵主は受験者の50%以上が合格できる試験のことをだれでもと書いているのだが。
そしてきき酒師にはお金を出せばさらに上級の資格が用意されているのである。

それを見て、きき酒師の資格を資格商法だといって嗤う人がいる。
多くのうまいお酒を実際に呑んで知っている呑み手である。
お酒がわかっている人である。
本で覚えた知識なんかでお酒がわかるかという正論である。

たしかに、
この世で一番わびしい知識はなにかといえば、
呑みもしないお酒の知識をいっぱい持っていることだろう。
お酒を呑んでうまいと感動したことがない人のもっている言葉(知識)だろう。

映画の学校というのがあるが、
昔読んだ映画監督が書いた本の中に
映画館こそが本当の映画を学ぶための学校なのだと書いてあった。
映画の全体像をそしておもしろいか否かを金を払って見渡すことができるからである。

撮影現場の技術は映画を作るための技術であって
それは手段なのだから
技術からは映画は生まれない。
映画のおもしろさを知るためには映画館で見るということなのだという。

お酒も
酒造りの知識よりも
まずうまいかどうかを感じることができるかなのである。
そしてうまいお酒を実際に呑んでみることなのである。

いろいろなお酒を呑んだことがない人に
お酒のイメージがわいてくるわけがない。
まずはいろいろなお酒を呑んでみろということなのだが、
しかし、そのためには呑む前に多少はお酒の知識がないと困るのである。

いろいろなお酒を呑むといっても
白鶴、月桂冠、大関といった普通酒ばかり呑んでもしょうがないからである。
酒の違いを知っていないと遠回りをすることになる。
そのためには資格商法かもしれないが基本的なお酒の知識は有用なのである。

そもそも
つい最近までは
居酒屋はおろか酒販店までも日本酒に対する知識が十分とはいえなかったのである。
酒税を取る役所が呑み手に知らしむべからず依らしむべしを通していたからである。

そんな状態で酒を売っていていいのかという
お酒の売り方に対する反省から、
そしてもっと日本酒を知って呑み手にうまいお酒を提供しようという思いから
最低の知識を業界に広めようというのがきき酒師の資格なのである。

受験者は酒販店の店員だったり
居酒屋のおかみさんだったりする。
そして庵主のようなマニアも加わる。
お金が掛かるから一生懸命になって覚えるのである。

金がかかる資格商法を逆手にとってお酒の知識を取得するというわけである。
そういう点ではなかなかいい資格なのである。
ソムリエの資格試験に比べるとずっとまともである。
ただSSIはお金を取って上級資格を作ったからボロが出ただけなのである。
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# by munojiya | 2005-11-27 01:04 | Trackback | Comments(0)
妹にはかなわない
沖縄こそが日本人の起源なのではないかという説がある。
沖縄ではおばぁが男よりずっと強いという。
たしかに日本人一般でもまともな男は女には頭が上がらないからである。
いや日本人の男の倫理観には女に対して一歩引く心の余裕があるということである。

レディファーストを標榜する白人文化には
裏があるという。
女を連れ立って歩くときは
男は車道側に立って女性を守ってあげるのがエチケットであるという。

なんてことはない。
当時は
建物側を歩くと
上から黄金の爆弾が降ってくることがあったから男がその難を避けるためだという。

部屋にはいるときに
うやうやしく女性を先に入れるのも
刺客(しかく)が潜んでいたときに
男が怪我をしないためだという。

よく車の後ろに貼ってある
お先にどうぞ、
天国へ、と同じ発想である。
白人男にとっては女なんかどうなってもいいという御身大切の発想なのである。

日本で男が女を立てるというのはそういう一面もあるだろうが、
男は女とけんかしても絶対勝てやしないからである。
処世術として西洋よりは一段と成熟しているといったほうがいいだろう。
女を崇める社会は文明度が高いのである(ということにしておこう)。

だから庵主も女にはさからわない。
庵主は妹にも頭があがらないのである。
庵主の出自は北海道の千歳市である。
小さいときから航空自衛隊が飛ばす戦闘機の爆音を聞いて育った。

新千歳空港に降りたら到着便出口の横にスナックコーナーがあって
そこで「サッポロビールクラシック」のお迎えを受けるのである。
つい目が合ってその生ビールを飲みたくなる、飲んでしまうのである。
するとすぐ庵主の顔は真っ赤になってしまう。

すこし時間をおくとさめるのだろうが
到着時刻を伝えてあるから
妹がその時間に合わせて
飛行場まで車で迎えにきてくれる。

だから
ビールを飲んだことがいっぺんにばれてしまう。
すると叱られるのである
昼間からお酒を飲んで顔を赤くするなんてみっともないんだから。

返す言葉がない。
まったくそのとおりだからである。
いまでは東京暮らしだから北海道の大地は庵主にとって旅先の地なのである。
旅に出た気分が庵主の気持ちを開放してしまうのである。

サッポロビールの「クラシック」がまたうまいのである。
顔が赤くなることはわかっていても
ふにゃふにゃの薄いプラスチックカップに入っている出てくる生ビールが
あっと言う間に喉を通り過ぎていくのである。

妹のいうとおりなのである。
真っ昼間から酒を飲んではいけない。
昼日中から顔を赤くしているなんて堅気の日本人の倫理観が許さないのである。
妹のおっしゃるとおりなのである。
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# by munojiya | 2005-11-26 00:31 | Trackback | Comments(0)
朝届くお酒
その日の朝に
ホームページで見つけたお酒を
速攻で注文すると
要入金との連絡がある。

いまは
インターネットで
自分の銀行口座からの振り込みは
手元のパソコンでできるから支払いは早い。

おりかえし
ご注文のお酒は
本日発送しますとのメールがはいる。
そのお酒が翌日の午前中には届くのである。

お酒は
目利きが選択したお酒である。
心配のないお酒である。
ただただ期待が高まるお酒である。

じつは
そのお酒と同じ蔵元が造った米焼酎があって
それも一緒に買ったのである。
純米吟醸のそのお酒に混ぜて呑むためである。

その焼酎も
目利きによると逸品であるという。
しかし、庵主は
焼酎を呑んでうまいと感じたことがないから焼酎に過大な期待はしていない。

お酒は杜氏の名前が、いや、その名字だけが付けられた酒である。
自信のほどがうかがえる。
宅配瓶で届いた瓶を手に取ったときのうまそうなオーラもいい。
目利きが言葉豊かに語る宣伝文句がしっかり庵主の頭の中にしみこんでいる。

庵主は映画を見る。
映画は劇場で見る。
テレビで放映される映画みたいなものは、
あれは本物ではない主張する差別主義者である。

テレビがないからひがんでしまうのである。
テレビで流れる映画をバカにしてるのではない。
それを平気で見る人の感性を称賛しているのである。
だって、映画館でみる映画のほうがずっとうまいからからである。

テレビがないと、
ときどき無性に映像を見たくなることがある。
酔っぱらいたくなったら、まっとうなお酒を呑む、普通酒なんか呑まない。
映像を見たくなったら、映画である、テレビにそれを求めない。

飛び込みで映画館にはいるからその映画の意味を知らずに見ているのである。
だから見てもおいしいところの半分ぐらいしか理解できないのである。
あとでその解説を読んでうまいところを全然認識していなかったことを知るのである。 
その映画のうまいところをすっかり見落としていることが少なくない。

お酒もそれに似ている。
そのお酒の意味を知って呑むと2倍も3倍も楽しめるのに
知らないで呑むと、呑んだという記憶を残して消えていくだけである。
お酒をおいしく語れる人はだから業界の宝なのである。

ちなみに
目利きの人とは
酒商人の「銘酒市川」さんである。
お酒を語るその言葉を読んでいるだけでも庵主はお酒に酔ってしまうのである。
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# by munojiya | 2005-11-25 00:14 | Trackback | Comments(0)
酒は先、後(あと)
お酒の呑ませ方には順番があるということである。
呑み手からいえば呑む順番ということになるが、
ここではお店に対する注文なので呑ませ方と書いている。
アメリカ在住の樺沢紫苑さんのメールマガジンにこういうのがあった。

▼引用開始。
22時20分の回を見ようと劇場に着いたが、案の定チケットは売り切れになっていた。
同じ公開初日のニコラス・ケイジ主演「ウェザーマン」を見て、
24時からの「SAW2」を見ることにした。

「ウェザーマン」は、ジワリと感動する映画。とても良かった。
間違いなく言えるのは、「SAW2」→「ウェザーマン」の順番で
ハシゴしなくてよかった、ということである。
▲引用終わり。

お酒も
「SAW2」→「ウェザーマン」のような順番で呑んだのでは
損をするというか、
せっかくのお酒の楽しさが十分に味わえないことがあるということである。

ようするに
お店の人は
呑み手がおいしかったと満足できるように
それぞれのお酒の味わいを知った上で上手に呑ませてほしいということである。

お酒を呑む時の一般的なセオリー(原則)はある。
度数の低い酒から順次高い酒に向かうということである。
これを逆にして呑んだら後から出てきたお酒が頼りなく感じられるからである。
度数の低いお酒のうまさがしっかり味わえなくなるからである。

淡麗なお酒から濃醇なお酒に向かうということである。
まずい酒からうまい酒に向かうということである。
冷たい酒からあったかいお酒に向かうということである。
どれも一つひとつのお酒をしっかり味わうためのセオリーである。

それらを逆の順番で呑んだら
後から呑むお酒がさびしく感じるから
せっかくのお酒のうまさが
右肩上がりで味わえないというわけである。

セオリー通りに呑めば
最初のお酒もうまく感じるし
その後のお酒もますますうまく感じるから
その夜は幸せな夜になるというのである。

そして順番というよりも
呑ませ方のめりはりとして
うまいお酒ばかり連続して出してもらっても困る。
呑んでいて疲れるのである。

うまいお酒の間に息抜きのお酒をいれてほしいのである。
うまいお酒が剛速球だとしたら、
その間に変化球を投げてほしいのである。
お酒を楽しませてほしいからである。

お酒を出す順番がうまく決まっていると
呑んだあとには
おいしかったという幸せの気分にみたされるのである。
お酒の出し方の後先に、お店は気を使ってほしいということである。

その時お店にあるお酒の味わいの状態はお店の人しかわからないのだから、
お酒はお店に任せるしかないからである。
上手に出て来たお酒はうまく感じるから庵主はついもう一杯余分に呑んでしまう。
だから、お店も儲かる、庵主もいい気持ちになってお店を出られるというものである。
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# by munojiya | 2005-11-24 00:25 | Trackback | Comments(2)
呑まれちゃった年金資金
川柳で、お金を呑まれてしまったと
からかわれているのが
酒店主でつくる全国小売酒販組合中央会の年金共済資金不正支出事件に伴う
横領事件である。

関係者からの告発にはこうある。
その責任が逮捕された関秀雄元事務局長だけの問題であるわけがない。
現在は中央会の会長をやっている藤田利久も絡んでいることは当たり前だろう。
当時の年金運営委員会の5名の委員のうちの一人だったのだから、と。

そういえば、
1億円を受け取った元総理大臣がそのことをすっかり忘れてしまい、
闇献金事件となったときに
当時、平成研の会計責任者だった村岡兼造だけの責任とされたことがある。

そんなわけがないことは常識でわかるが、
マスコミは、本当にアホなのか、それともお利口なのか、それは指摘しないのである。
いまどきのマスコミは強いものに対してなあなあですませてしまうから
信用しない人が増えるのである。

日本人が大好きな正義を忘れた
新聞・テレビ・雑誌など
だれが信用するかい、
といったところである。

その中央会には関連政治団体として全国小売酒販政治連盟(酒政連)という
右翼結社の名前みたいな組織があって
元事務局長は酒類販売免許の自由化に抵抗するために
酒政連が政界工作を展開したときの中心人物でもあったという。

だから、
本人が着服しましたといっているからと報道されていても
どこまで真実なのかわからないのである。
さきの村岡兼造の場合などは私ははめられたと「真実」に歯向かっているのである。

酒類販売免許の原則自由化の流れに抵抗して陳情活動を展開した酒政連は
関秀雄の活躍で
特定地域での酒店の新規参入を制限する議員立法の緊急措置法を成立させたという。
一部地域では酒販免許の申請を受理しないということになった真相だったのである。

法を曲げるほどの成果を上げるまでによく頑張った人なのである。
できれば、
もっとお金をばらまいて
酒類販売免許の規制をもっと厳しくしてほしかったと庵主は思っている。

最低限のお酒の知識もない酒販店や「児童」販売機で子供に酒を売るような店には
販売を許可しないということにまでもっていってほしかった。
どこにでも酒が売っているという状態が異常なのである。
もっとしっかり酒類販売免許の自由化に反対してくれたらよかったのに。

酒は有害食品である。
その害が緩慢だから数多く売ってもいいというものではない。
同時に徴税商品である。
法律でいくらでも利益を確保できる商品だから多売の必要はないのである。

氾濫する酒には威厳がないのである。
もっと酒をまじめに、そして大切に取り扱ってほしいのである。
酒を食い物にする、おっと、飲み物にするか、
酒にたかる人たちの実態をさらけだしちゃえばいいのである。

その呑んだお酒を
今度は
真実といっしょに
洗いざらい吐いちゃえばいいのに。
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# by munojiya | 2005-11-23 00:35 | Trackback(1) | Comments(1)
「杉錦」絶好調
絶好調といえば
巨人の中畑である。
そして静岡の酒「杉錦」(すぎにしき)が
いま絶好調なのである。

「杉錦」の「純米原酒濃醇山廃 ひやおろし」である。
滋賀県産玉栄(たまさかえ)を55%まで磨いて
日本酒度マイナス8、酸度2.0というお酒を醸しだしたのである。
玉栄はときとしてこういう大ヒットを飛ばすから庵主は好きな酒造好適米である。

杉井均之介社長が自ら醸している「杉錦」が
このところ絶好調なのである。
どの酒を呑んでも酒造りの技を感じさせる味わいを体験できるのである。
その技が冴えているのである。

だから
呑んでいておもしろくてしょうがない。
庵主が贔屓にしているは静岡のお酒である。
一本一本に主張があるお酒だから面白いのである。

夜の池袋を歩いていたら
店頭に置いた黒板に
今日のおすすめのお酒を書いたお店があった。
それが庵主の目を引いたのである。

黒板にチョークで書かれていたお酒は3本である。
「蓬莱泉」「夢筐」(ゆめこばこ)特別純米 ひやおろし。
「墨廼江」(すみのえ)特別純米中汲み ひやおろし。
そして「杉錦」純米原酒濃醇山廃 ひやおろし。

だまっていても
「杉錦」に目が吸いよせられるのである。
その黒板のお酒の説明を見れば
そのお店がただものでないことがわかる。

「蓬莱泉」「夢筐」(ゆめこばこ)特別純米 ひやおろし。
愛知・関谷醸造、とあって
さらに米、精米歩合、日本酒度、酸度が書かれている。
お酒の名前にちゃんとふりがなを振ってある。

「墨廼江」(すみのえ)特別純米中汲み ひやおろし。
宮城・墨廼江酒造、とあってそのお酒のデーターが書かれている。
「杉錦」純米原酒濃醇山廃 ひやおろし。
静岡・杉井酒造、そしてお酒のデーターと続く。

ひやおろしとは
「春先に一度火入れして貯蔵し
秋には火を入れずに樽詰めします」
とまで書かれている。

今夜呑むお酒はもちろん「杉錦」である。
いま絶好調の杉井社長が今度はどんなお酒を造ったのかが気になるではないか。
注文すると、「ぬる燗にするとおいしいですよ」とのこと。
ためらわず、それにして、である。

日本酒度が-8のお酒ではあるが、
酸度も2.0と高くて、
その酸味がいいのである、きれいなのである。
うまとはいわないが、甘口と酸のバランスが絶妙にいいお酒なのである。

ぬる燗にしたときの味わいは
まさに技の冴えとしかいいようのない、甘さと酸のハーモニーが魅力的である。
「杉錦」は絶好調なのである、怖いぐらいである、庵主はうれしい。
お店は南池袋にある「硯家」(すずりや)である。
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# by munojiya | 2005-11-22 00:44 | Trackback | Comments(0)
鳥取のお酒は買ってはいけないのか?
鳥取県産品不買運動というのがある。
なぜ不買運動なのか。
以前、
北朝鮮産品不買運動というのがあった。

北朝鮮による拉致事件に抗議するため
北朝鮮から日本に入ってくるものを買うのはやめようという運動である。
北朝鮮に対する国民的経済制裁である。
国がやらなきゃ俺がやる、という気構えである。

不買運動をするといっても
不買ができる北朝鮮の商品なんか
身近にあるのかと思っていたが、
槍玉に上がった「あさり」がそうだということだった。

こと北朝鮮産のあさりに対する不買運動の成果は抜群で
輸入量があっという間に減ったということを
関係者が作成したチラシで見たことがあるが
喉元過ぎれば熱さも忘れる、その後はどうなっていることやら。

庵主だって、よく見たら手元にあった北朝鮮産品を廃棄したものである。
安売り屋で買った北朝鮮製のジャケットである。
おなかが出てきたので体型の変化で着られなくなったのである。
それなりの仕立てだったので惜しいことをした。

中国産のそばでも
信州でそば粉に加工して商品に仕立てることで信州産になりすますのだという。
水産物も
北朝鮮産のあさりを鳥取県の境港で水揚げすれば、そのあとはどうなるか知らない。

ここで境港がでてきたからというわけで
鳥取県産品の不買運動をやろうというのではない。
趣旨はこうである。
鳥取県が人権擁護法案を県条例で制定したことに対する抗議運動なのである。

人権擁護法案というのはおかしな法案で
インターネット上では盛んにその危険性が取り沙汰されているのに
マスコミではほとんど報道されることがない法案なのである。
反対大好き派が新たな反権力闘争の目玉にしているのかもしれないが。

つい最近、国会ではそれを成立させようとした動きがあったが、
郵政民営化反対議員の活躍でその法案は日の目を見なかったものの
とっと利権では、いや、鳥取県では
それが条例として成立してしまったのである。

鳥取県といっても
庵主が思い浮かべるのはうまいお酒だけである。
じゃ、その趣旨に賛同したら、
鳥取の美酒を呑んではいけないのかといったらそうではなかった。

買ってはいけない産品のリストがあってそこに幸いお酒は入っていないのである。
不買派が例示した買ってはいけない県産品のリストから食品だけ抜粋。
「県外で買える!鳥取県の特産品リスト(鳥取県WEB)
ベニズワイガニ、松葉ガニ、熟カレー(鳥取グリコ)

ナタデココ、鳥取20世紀梨、砂丘らっきょう、
鳥取和牛、西条柿、ピオーネ、
境港のマグロ、大栄スイカ」と、うまそうなものが列挙されている。
庵主が好きなお酒は入っていなかったのでほっとしたのである。

不買運動の気勢を上げるときに
うまい鳥取のお酒を呑んで勢いをつけるためにも
お酒は不買の対象にすることはできないのである。
和解する時に両者が千代に約束を結ぶためにもお酒は必要なことだし。
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# by munojiya | 2005-11-21 00:03 | Trackback(1) | Comments(0)
普通酒の奥は深い、そしてむなしさの底も
最初に
庵主の
普通酒の評価を掲げておく。
庵主が呑めないまずい酒、というよりどうでもいいお酒である。

ただし、庵主は下手物(げてもの)とか如何物(いかもの)が好きだから
ときには普通酒を口にすることがあるが
その、いつにかわらぬお味映えに感心するのである。
いつ飲んでもうまくない、一貫して変わることのない頑固な酒だなあと。

飲めないといっているのではない。
庵主は、日本酒と焼酎は国酒ということで呑むと書く。
それ以外の酒は飲むと書いている。
基本的にはうまい酒の時は呑むなのである。

普通酒は呑んで味わう酒ではなくて、
庵主にとっては飲んで酔いが回ればいいという手軽な酒である。
呑む目的が違うのである。
そして多くの人が飲んでいるのがその普通酒なのである。

さらに
日本人が生まれて初めて飲む日本酒が普通酒であることが多い。
ちっともうまくないお酒である。
それを飲んで日本酒が好きになる人がいるとしたから感性が狂っている人だろう。

男の子が女の子を好きになるのは
かわいい顔をしている女の子にあった時である。
自分にとってはどうでもいい顔の女の子を見て熱を上げることは少ないだろう。
うまくもなんともない酒に出会っても心がときめくわけがないというわけである。

うまいお酒に出会うと
本当に心がときめいてしまうのである。
それは普通酒には望めないことである。
だから、庵主はまともなお酒を呑みなさいと勧めているのである。

うまい酒の効用は
第一に「あー、うめぇ」という感動ともいえる満足感が味わえることにある。
生きている喜びがわいてくる。
とくに歳をとるとまずい物を食うとてきめんに気分が落ち込むのである。

まずい酒は体によくないのである。
美酒は量を呑まなくても十分に呑んだという充足感に包まれるということである。
安い酒だと飲んで酔っぱらわないことには
酒を飲んだという満足感が残らない。

そして、いいお酒は芸術品の面影があるということである。
お酒を造った杜氏の姿さえ目にうかんでくるのである。
おっと、それは冗談である。
庵主に透視能力などの超能力はない。

いいお酒になると
味わいが深いので心にしみてくることがある。
庵主は気分が落ち込んだときにうまいお酒を呑みにいく。
じっくり味わって呑めるから心が落ち着くからである

日本酒の美しさに酔うと
沈んでいた気分がじわっーと高揚してくるのがわかる。
うまいものは生きる喜びにつながるからである。
しかもいいお酒を置いているお店は肴もうまいことが多いから幸せが2倍になる。

日本酒には造り手の気持ちがこもっていることがわかる。
丁寧に造られたお酒のうまさはその仕事に対する共感なのである。
ああ日本人に生まれたよかったという幸せ感である。
普通酒というのはそれとは対極にある実用的なお酒なのである。
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# by munojiya | 2005-11-20 00:03 | Trackback | Comments(0)