091228 小諸に新幹線はいりません
長野県の小諸には長野新幹線の駅がない。
断ったのだという。永六輔がラジオでそのことを取り上げていた。
昔から、鉄道の駅から外れた街はさびれるというセオリー(経験則)がある。
それを知らなかったわけではあるまい。あえて駅を作ることを避けたということである。

観光立国という言葉があるが、何にもない地方が観光を売りにすることがある。
馬鹿か、である。観光とは清地に観光客〈よごれ〉がやってくるということなのである。
いや、そこには大きな空、おいしい空気、ひろがる大地がある。が、ただそれだけである。
すぐ飽きるのである。都会者〈とかいもん〉はそんなところでは暮らせないからである。

致命的な欠点は、時間の流れが遅いということである。時にはそれも魅力的なのではあるが。
しかし、一度東京時間を知ってしまったらその緩慢な時の流れにイライラしてくるのである。
老化して、体が東京のテンポについていけなくなったときにはちょうどいいのかもしれない。
小諸はその東京時間〈よごれ〉が入ってくることを拒んだのである。その心意気や良しである。

小さいという字は、越えているという意味もあると永六輔がいう。褒め方〈くち〉がうまい。
小粋というのは、粋を越えていることだという。小錦(関取)は小さいか。巨体である。
小雪(女優)も、そういえば体はでかいなと庵主は頷く。小諸の小も粋で心はでかいとなる。
小江戸と呼ばれる川越もそうか。コエドビールが飲みたくなったのである。味が越えている。

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庵主が突然飲みたくなるビール。
コエドビールの「伽羅〈きゃら〉」。コエドビールならそれだけ。
博石館の「クリスタル」ほか、なんでも。そして、馬場勇さんのビールが時に無性に。
最後のは、庵主にとっては日本酒でいえば坂本俊杜氏が醸すお酒に抱く思いと同じなのである。

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by munojiya | 2009-12-28 01:39 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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