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2010-09-26 日曜日のくつろぎ篇 温故知新

わがブログ「むの字屋」はお酒の「真実」を伝えるブログである。
したがって、呑めない人にはほとんど役に立つことがない内容である。
また、いくらいいお酒を呑んだからといっても立派な人になれるものではないから、
ほとんど何の役にも立たない話だということである。

それは高級なカメラを使ったからといっていい写真が撮れるものではないのと同じである。
人徳も写真も、酒が造り、カメラが撮るものではなく、自分自身に頼るしかないのである。
時速160キロが限界のエンジンで200キロは出せないように、
頼る自分自身の限界はそのDNAで既に決まっているからその範囲で足掻くしかない。

その範囲のことを器〈うつわ〉という。器量ともいう。
お酒がたくさん呑めることを器量が大きいというが、庵主はその器量がないのである。
それどころか、お酒を呑んで自分の器を知ってしまったのである。(脚注1)
酔って(依ってに掛けた語呂合わせ)、そのあとは駄洒落に遊んでいるのである。(脚注2)

「むの字屋」は駄洒落のブログなのである。ますます何の役にも立たない。
温故知新。温家宝首相は故〈ふる〉い型の政治家で新聞でその老獪〈やくざ〉な恫喝を知る。
国連で中国の温家宝首相が船長を返せと吠えているという。弱い犬ほどよく吠えるという。
政府は“粛々と”(脚注3)釈放してしまった。国内法の権威が失墜してしまったのである。

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脚注1.板東英二の言葉で庵主が気に入っているもの。
「私がたえず勉強をし続けるのは自分の器の大きさを知りたくないからである」(大意)。
たしかに勉強中は自分の可能性を探っているわけだから限界を見ないですむからである。
知識欲とは自己陶酔なのである。酔っぱらった方が逆に自分が見えてしまうからいけない。

脚注2.駄洒落とは、駄酒に落ちるという意味かもしれない。
人間は、いいお酒を選んで呑んで人徳を磨かないといけないということである。
酔うと、普段は見栄をはって身構えている自己顕示欲も緊張が緩むのだろう、
虚飾を払った自分の姿が見えてくるのである。お酒は呑まない方が無難なようである。

脚注3.産経ニュースからの引用。
結局、事実関係の拠り所は既存のマスコミに頼ることになるのである。
最近は馬鹿にされることが多い“マスゴミ”だが、その信頼性はなお堅いものがある。
『2010.9.8  01:14

岡田克也外相は7日、ベルリンで日本人記者団と会見し、
沖縄県・尖閣諸島周辺で海上保安庁の巡視船と中国漁船が接触した事故に関連し
海保が中国船の船長を逮捕する方針を固めたことについて
「わが国の領海内の出来事。わが方としては法に基づいて粛々と対応していく」と述べた。』

by munojiya | 2010-09-26 01:38 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


by munojiya