2012-11-21 「女地獄」のお酒
大映映画市川雷蔵主演「眠狂四郎女地獄」である。
浪人の伊藤雄之助が、居酒屋で眠狂四郎に「一緒に呑まぬか」と声を掛ける。
「酒は一人で呑むことにしている」と無下にあしらわれる。
そこに、同じ浪人の田村高廣がやってくる。
それを見つけて、伊藤は田村に声を掛けるも、また断られる。
「酒は三杯、しかも自分の金で呑むことにしている」と。
「ここの客はどれも気障なやつばっかりだ」と雄之助が吐き捨てる。
昔は、映画を見て記憶だけでそれを書いたものである。
今は、ビデオで見てそのセリフの細部を確かめることができるようになった。
それを進歩と見るか否やである。時は流れているのにそれを止めて見ることは不自然なのだ。
庵主はためらわず劣化しているというのである。記憶違いの嘘がばれてしまうから。
『一人月を見ていた女の体に男の匂いが染みついている。お前の男は腕が立つのか。俺を斬る
には相当の手練〈てだれ〉でなくてはならない』
『ここに居るほうが却って危険かも知れぬ。女は抱くものとしか心得ていない者だからな』
昔はうろ覚えで書いていた名セリフが今は正確に再現できるというのに。
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いまなら、ここでその映像を無料で見ることができる。81分。
陰影の対比が美しい照明、粋なカメラワーク、味のあるセット、声のいい男優達等々、往年の
撮影所映画の美しさが存分に味わえる作品である。大芝居であるが、今はこういうコクのある
映画を見ることができない。明るい照明、写り過ぎるレンズ、綺麗なセット、声のない男優と。
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『いかがなものでございますか、この業物〈わざもの〉は。お値段の方も精々勉強させて
もらいまして十両ということに』『これは幾らだ』『それは三両で。ですが、そんな安物では
とてもお侍さんの差料には』『心配はいらん。七両〈しちりょう〉分は腕で補う』。
それを借用。「そのような安いお酒では」「心配はいらん。七両分は感謝の念で補う」。
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『たった一つの心残りは、お主と心ゆくまで酒を酌み交わせなかった事だ』
といったセリフは、映画を見たときには完全に聞き漏らしていたのである。
ビデオで見て、映像を止めて確認したのである。映像を止めて見るというのもなんであるが。
娯楽映画なのに本〈シナリオ〉も巧みである。うまいお酒が呑みたくなる映画なのである。
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『佐伯家家中、田所源次郎。手絡(てがら)を、堀采女正様に』(典拠)。
あれっ、庵主は「手柄を、堀采女正〈ほり・うねめのしょう〉に」だと思っていたのである。
命をかけて密書を届けたという手柄を、采女正に伝えて欲しいと言っているのだと思っていた。
娯楽映画のセリフさえちゃんと聞き取れないのだ。庵主が映画の筋を理解できない謂いである。
「逐電」「世迷い言」「天刑病」は、時代劇映画を見て初めて知った言葉であるが、
「手絡」は、今典拠様に教えて貰って知ったのである。女の髪を結ぶ布を手絡というのか。
そのセリフの「てがら」を、てっきり「手柄」だと思っていたものだから、辞書で調べも
しなかったのである。もっとも庵主のワープロの辞書にも「手絡」は載っていないけれど。
