2012-11-27 モダンとは貧乏たらしいこと
ひっくり返し言葉というのがある。
例えば、ダフ屋という言葉である。チケットを高く売りつける商売〈しのぎ〉のことである。
一般的には違法とされている。違法と言わないまでも阿漕〈あこぎ〉と見做されるのである。
そのダフ屋の「ダフ」とは何かと思ったら「札〈ふだ〉」をひっくり返して「ダフ」なのだ。
隠語である。
「上野」を「野上」と言うことがある。地名をひっくり返しても大して秘匿性がないから、
その場合不良言葉といったところか。人と違った言い方を粋がって言う言葉である。
「モダン」も実はそれで、本当は「デーモン(悪魔)」のことなのではないのかとふと思う。
正統な文化ではなく不良文化のことである。表文化に対する裏文化である。その隠語なのだ。
だから、モダンなものというのはそうじて安っぽいのである。品がないというべきか。
見た目は綺麗だけれどもつまらないのである。軽いのである。貧乏たらしいのである。
ガラス瓶に対してプラスチック瓶は新しい物だからモダンなのである。
しかし、ガラス瓶に入ったボヌーは何となく有難みがあるが、ペットボトルに入ったそれは
いかにも貧乏たらしい感じがぬぐえないのである。絹に対するポリエステルもそうである。
さきに「CGC純米酒」をモダンな味わいと書いたが、それもまた「モダン」なのである。
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西洋では神を「GOD」というが、それも実は「DOG」のひっくり返しなのではないか。
人に尻尾を振ってなつく犬ころと同じように、人に都合よく尻尾をふる物という皮肉である。
いや、明察である。
西洋事情に疎〈うと〉いので、落ちの駄洒落が思いつかない。
