2012-12-29 笑い話 「どっか、間違ってます」
いつも庵主を笑わせてくれるのである。今度のネタは病人を輸出するヒジネスの話である。
今度は、社会派のネタかと思って読んでみたら、早速『韓細胞』(5番)と笑わせてくれた。
そつはないのである。韓国人が絡んでくると落ちが笑い話になるのが可笑しい。
高いものを輸出して、安いものを輸入すれば儲かるという発想である。特化するという事だ。
庵主はそういう考え方を片端の発想だと思っているが、ビジネスマンはそうは考えない。
是非以前に、そんなふうに考えていたら儲からないからである。
儲けなければ生きていけない自転車操業的休めない生き方をビジネスと呼ぶのである。
日本語では商人という。人様の役に立つことを飽きないでやる人のことである。
「飽きない」でやるから「商い」だという駄洒落が用意されているほどである。
お酒造りでも、うまいお酒を造ろうという人と、安価で酔えるお酒を造ろうという人がいる。
前者が商人で、後者はビジネスマンといったところだろう。その是非は問わないが。
周防正行の新作映画は「終の信託」である。前作は「それでもボクはやってない」だった。
前回はやっていない(はずの)人を有罪にする不条理、今度はやった人を無罪(相当)にする
無条理である。医者は延命に尽くしてくれるという前提があるから安心かかれるというのに、
恋に狂った女医者が患者を死なせてしまうという話だから笑い話にもならなかったのである。
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もう見込みのない病人に引導を渡すのは僧侶の仕事である。身内の懊悩を肩代わりする役目だ。
その後片付けをするのが葬儀屋の仕事である。遺族に代わって穢れを引き受けてくれる。
医者は人を殺すことを判断してはいけないのである。それは余計なお世話というものである。
脳死と称して医者に殺されるかもしれないということでは安心して医者にかかれない故に。
それは自分が物として扱われる不愉快によるのである。
脳死の判定を医者に任せてもいいというのなら、コイツは世の中の役に立たない人間だと誰か
が判定すればその人の臓器をまともな人のために使ってもかまわないということになる。
多くの日本人はそういう考え方に与しない。すすんで人殺しには荷担したくないのである。
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本日の落ちは、『こんなことしてスーパー朝鮮人が生まれたらどうするんだ』(15番)。
