2013-04-25 酒の映画「天使の分け前」
庵主はこの映画で初めてウイスキー工場、というか蒸留所を見学したのである。
おっとスコッチウイスキーの、である。
余市のニッカの蒸留所と、白州〈はくしゅう〉のサントリーの蒸留所は訪れたことがある。
「天使の分け前」というのは、多少なりともウイスキーの本を読んだことがある人なら、
ご存じだろうが、ウイスキー用語である。
『天使の分け前とは、樽の中での熟成中、年に2パーセントほど蒸発するその減り分のことを
言う。』(典拠)。
映画では、『実にしゃれたネーミングだが、映画を見終わってみればそれ以上の意味、
それも極めて重大な作品のテーマがここにこめられていることがわかるはずだ。』(同前)と
いう使い方をされる言葉である。映画を見た人がもらえる思わぬ余得のことである。
映画の中で、「ラガヴーリン16年」のテイスティングをする場面がある。
それで、「ラガヴーリン」を呑みたくなってしまった。
映画を見たあとそれが飲める酒場に座っていた。それがやっぱりうまかった。余得を得た。
“高雅な”ピートの香りが心地よい。口に含んだときの“酸味”が絶品である。うまい酒には
必ずそれがある。否、それこそが酒の核心なのである。返り香の美しさに陶酔したのである。
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返り香〈かえりが〉。そんな言葉はない。庵主がいま造った言葉である。
返り血からの連想である。人を斬った時に相手から浴びる血が返り血である。
返り香は、酒を口に含んだ時に酒から浴びる香りのことである。
鼻で嗅ぐ香りではなく、口の中で広がる香りのこと。酒が内に秘めている香りである。
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酒の映画と書いたが、この映画自体はウイスキーの映画ではない。
『スコッチウィスキーの映画なのに監督以下、ウィスキー好きがほとんどいないという裏事情
を知ると思わず苦笑してしまうが、ようするにそれは本作が元々ウィスキーをフィーチャー
するための企画ではないということ。
つまり監督と脚本家の描きたいことはほかにあり、それを一般向けの気楽な娯楽ドラマにする
ための舞台装置としてウィスキーを選んだに過ぎない。』(同前)。
庵主は「フィーチャーする」の意味が分からないので、仮に「慫慂する」と当ててそれを読ん
だが、その監督の意に反して、庵主はこれを酒の映画として見ていたということである。
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「天使の分け前」は「銀座テアトルシネマ」の最終ロードショーとして選ばれた映画である。
同館はこの5月31日をもって閉館するという。
『銀座テアトルビルの売却決定に伴う譲渡先と協議の結果、その歴史に幕を閉じることと
なった。』(典拠)という。