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2013-12-22 神とは何か

神とは何か。
お賽銭をはずめば、自分が願っていることを叶えてくれる人のことではない。
そのイメージは、お賽銭の売上を競う宗教屋のセールストークによるものである。
神は英語ではGODという。ひっくり返すとDOG(犬)、すなわち裏は「居ぬ」である。

因みに日本の神様はGODではない。「神ながら(神でない)」と呼ぶ。実体はないとする。
神とは、「在る〈ある〉」ということである。
この世に在るということが神なのである。
「在る」ことを「命」ともいう。

在ることを「有〈ゆう〉」という。
一枚の紙で、表が有なら裏は無である。有と無が一体である。
「無」とはあってはならないものをいう。
有の姿が神なら、その裏面である無の姿は悪魔である。

あってはならないものであっても、やっぱり在るというのは表裏は一体だからである。
神とは命(在る)をつなぐということなのである。無はそれに付随する真実である。
その中では、利口も馬鹿も等価である。自分は利口だと思う人は実は馬鹿なのである。
うまいお酒のいいところは呑めば賢愚の違いなんかどうでもよくなってしまうことである。

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表を称えるのを通俗文学といい、裏を抉るのを純文学という。
純文学が、一読つまらない理由である。
やっていることが下種だからである。
見たくもない部分を見せつけられるのだから気分が悪くなる。

そういう振る舞いを悪趣味ともいう。
しかし、純文学はそれゆえに面白いのである。
ちょうど手品の種明かしを知る快感に似ている。
もっとも、裏を知ったからといって、その人が変わるというものでもないが。

たとえば研鑽して利口になるものなら、それはもともとが利口だということである。
馬鹿はいくら磨いても利口にはならないからである。実例が庵主である。
そこらに落ちている石ころをいくら磨いてもダイヤモンドにはならない。
努力すれば人間は道が開けるという教育は人を馬鹿にしているということである。

石ころでも、きれいに磨けばそれなりの美しさを表すから無意味なことではないだろう。
美は人間が生きる根源のエネルギーだからである。美の極みはうまいお酒にあるのだ。
人は美しくなりたいと思うから生きていられるのである。お酒の美味は毒と裏合わせである。
それを「夢」ともいう。そして、毒ゆえに「夢」なのである。実体は無いという意味である。

by munojiya | 2013-12-22 00:02 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


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