2013-12-26 「差別」の定義
もう一つの「謝罪と賠償」というのは、もはやギャグ化していることは言うまでもない。
多くの日本人はその「差別」の意味を誤解しているのである。
『以下コピペ:石平太郎(中略)
私が神戸大学の大学院で留学した時、院生となった外国人留学生のほぼ全員は日本の政府か
様々な民間団体から返済義務のない奨学金をもらっているのに、日本人院生の誰1人[一人]
もこのような優遇を受けていない。
日本社会はむしろ、日本人にたいする「逆差別」をやっているのではないかと思うほどだ。
ちなみに、私は神戸大学大学院で留学した時、五年間にも渡って日本の文部省から、月18万
円の奨学金を頂きました。返済する必要はいっさい無し。日本国民のお陰様で良い留学生活を
送れた。
もし私はそれでも「差別」云々言うなら、まさに天罰を受けるべきものだ。』(典拠米欄)。
なるほど、「差別」というのは非日本人にとっては、「自分だけがいい思いをすること」を
いっているようなのである。
庵主なんか、毎日がその「差別」漬けになっているようなものである。天罰が怖いけれど。
他の多くの日本人を脇に見ながらも、独り、うまいお酒ばかり呑んでいるのである。
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『ここシアトルで韓国人は「最も嫌われている民族」です。例として、韓国人はシアトル近郊
で家を借りる事が出来ません韓国人が一人入居すると、不法に仲間を連れてきて下宿のように
家を使うからです。またキムチの臭いで物件価値が下がる事や、韓国人が暮らす地域の治安は
悪くなるという事実のために、韓国人街のような場所は地元で嫌がられています。
第二に公共の場での韓国人の追放運動です。シアトルにはシータック空港という地元空港が
あるんですが、ここでは韓国語のサービスが中止されました勿論、韓国人移民の態度が悪くて
移民局の不満を買ったからですまたドライバーライセンス取得の為の試験では韓国語の案内が
消えました。ショッピングマートの看板にハングルを使うことも暗に禁止されました。
(中略)第三に教育現場での韓国人留学生受け入れ拒否が始まっています。シアトル近郊には
UWやBCCといった有名校がありますが、ハングルでの学校の案内パンフレットが無くなり
ましたまた韓国人は一年毎に留学ビザの再取得が義務付けられていますが、(日本人は制限
無し)審査はより厳格になり不法滞在者(特に売春目的の女)の排除が徹底されています。
書くときりが無いんですが、シアトルで「私はコリアンです」って名乗ったら「差別して下さ
い」と言っているも同じです。コリアンという言葉がもはや差別語になっています。●』(同)
これもコピペです。庵主はその真偽を知りません。信じるかどうかは自己判断でどうぞ。
日本の標識のハングルと簡体字表示も暗に禁止したいものである。あっ、それが「差別」か。
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『支那語(簡体字)や朝鮮語(ハングル)の表記については、「防犯カメラ有り」、「防犯
カメラ作動中」、「仏像を盗むな」などの表記に限っては必要だが、案内などでの使用は禁止
にするべきだ。』(典拠)。日本らしさと美観を損ねるというのである。確かに。
最低限の親切表示だけにとどめておけばいいというのは確かな見識〈いやみ〉である。
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『あまりにも酷い日本政府の反日ぶり!!!
結局は左翼(人間のクズ)が浸透したということでしょう。
たとえば大相撲でもう何年も外国人力士しか優勝してないのでも、文科省がそういう状況で
良いと思って「見えざる力」を発揮しないから。』(同前米欄)。その米欄はどれも秀逸。
日本相撲協会は確か文科省の管轄だったと思う。
厚労省は肥満を目を仇にしているのに、文化省は大人である。肥満児の個性を上手に生かして
いるのである。ただ、肥満対策も留学生優遇も省益のためにやっているということである。
反日日本人はWGIPの優等生で、同時に左翼は人間のクズだという見解でいいのだろう。
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次の話も、それが事実なのか、作り話なのか、庵主には知る由もないのである。
信じるも信じないのも自己判断でということである。
『ASEANの会議に、韓国がオブザーバーで出席していたとき
突然韓国代表が立ち上がって、議題とは何の関係もない日本批判を始めた。
ASEAN各国の代表はまたかと思い渋い顔をして聞いていたが
いつまで立っても、終わる気配がなかった為
ついにインドネシア代表が、韓国代表の話を遮りこう言った。
「韓国人はどうやらASEAN諸国を見下しているようだ。
我々は確かになかなか発展できないでいる。
しかしもし、日本がそばにあったら、現在のようなASEANではなかったはずだ
日本が隣にあれば、どんな国家でも韓国程度の発展はできる
韓国の成功は、100%日本のおかげであって、別に韓国が誇れるようなものではない。
韓国人が、恩を受けた日本人に感謝ひとつできない人達であることが
我々には全く理解できない
我々は戦前に日本から受けた恩に今でも感謝している。永遠に忘れることができないものだ。
その結果できたのが、今ここで開催している』(同前米欄)。しかし、これはアカンわ。
