2014-08-26 画質がいいということ
見ないので、必要ないからである。
それで一番困るのは、最近の俳優の顔と名前が分からないことである。
日本三大美女、北川景子・佐々木希・石原さとみ、と言われても顔が浮かんでこないのだ。
三人娘なら、ひばり・チエミ・いづみ、でも、まり・ゆかり・ミエでも、百恵・昌子・淳子
でも分かるが、その後の人気者は顔と名前が一致しないことが多い。全然支障はないけれど。
サントリーの「金麦」に出ているお嬢さんが壇れいだと知ったのはつい最近のことである。
三大美女の「三大」は「テレビ」と読むのだろう。「お嬢さん」はここでは「おねえさん」。
見られなかったTVドラマが、ネットのおかけで、見ることができるようになった。
「女王の教室」も「ドラゴン桜」もちょっと前に見たものである。
TVって元気だったんだなと懐旧にふけってしまったのである。昔が良かったは老化現象だが。
最近の「ペテロの葬列」も「家族狩り」も面白いから、本当は時代はいつも面白いのである。
ただネットで見る映像は画質が良くないものが多い。商売上わざと劣化させているのだろう。
著作権論者にいわせると、ネットでそれらを配信しているのは不法業者であるという事になる
のだろうが、庵主はそんな思惑には関知しないからどうでもいいのである。
画質がいい映像とはこういうの※をいうのだろう。見ていて気持がいいのである。
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※築地市場を撮った映像である。画質がいいこともあるが、その切り取り方が上手なので気持
がいいのである。画質の良し悪しは二の次だということである。築地市場もまた綺麗である。
『親切で謙虚で一生懸命働いている人がいて和ませてくれるよ。』(典拠)。
市場の気風が気持ちいいので、それが映像から伝わってくるのが気持ちよさの原因だったのだ。
庵主はだれが日本人をやっているのかといつも疑問に思っているが、築地で日本人が見られる
ということである。青い鳥は目の前にいるように、日本人も目の前にいるのである。
思えば庵主は往年の日活アクション映画を、褪色して赤みを帯びたプリントで見たものだが、
それによって映画が理解できないということはなかったのである。
画質にこだわるのは作り手のこだわりであって、見る方はそんなものをちっとも気にして
いないということである。
こと庵主に関しては、劇映画で本当は青い筈の空の色が赤くてもどうでもいいのである。それ
ぐらい鈍感でなければ、青い髪やピンクの髪をしているアニメなんか見られるものじゃない。
映像が訴えてくるものは作り手の精神なのである。気合なのである。
いくら綺麗な画質で撮っても中身のない映像はやっぱりつまらない。
いくらいい米を使って醸しても、作り手の気合がこもっていないお酒はうまくもなんともない
のと同じである。安いのにうまいお酒に出合った時に幸せになれる謂いである。
