2014-09-28 一目惚れ、いや一聴惚れか
『なんてセクシーな声の持ち主なの。
彼の声と、彼らの音楽に恋をするのに2秒もあれば十分だった』(同2:30)。
『まあどこの国にも少数の日本好きはいるもんだ』(同米)
日本人にも、支那やチョウセンが好きな人がいるようなものだと思えばいいのか。
人の好みはいろいろだということである。
お酒の好みもいろいろでいいのである。みんな同じだったら自分の存在価値がないではないか。
沢山ある中から選べる幸せを味わえるからである。女が美人ばかりだったら哀しいように。
ナチスとか、ファシズムとか、あるいは戦前の軍国主義が忌み嫌われるのは、ユダヤの宣伝に
よるものということもあるけれど、それらは選択肢がない社会だからなのである。
大勢はそうだけれど、俺はそんなもの嫌だと言えない閉塞感が息苦しいのである。
善と悪は一枚の紙の表と裏であるように、うまいお酒とそうでないお酒も裏表なのである。
片方を減らせば、もう一方も少なくなるのである。
だから、庵主はまずいお酒が大好きなのである。
幸いなことに、体質的にそんな酒は呑めないから救われているのである。
どんなお酒でもいいが、一目惚れできたら、一気にお酒の世界が開けるのである。
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話は、「ONE OK ROCK」というロックバンドの事である。
庵主はそのロックが何なのか分からないのである。
だから、先のリンク先の“音楽”を聴いても何が何だか分からないのである。
要するに、歌詞が、メロディーの奴隷をやっている音楽のことなのだろうが。
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この音楽を聴いて「セクシー」と感じている人がいる。
市川雷蔵と森雅之という俳優がいた。その魅力は男の「セクシー」だったのである。
この歌も、ロック音楽という体裁〈ていさい〉をとっているが、その魅力の核心は男の
「セクシー」なのである。それが分かる人はロックが嫌いでもこの魅力を感じる事ができる筈。