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2015-01-18 「自衛隊はどうした」

なんと、「聖教新聞」の1月17日付の一面トップが『阪神・淡路大震災から20年』という
見出しだったのである。ど、どーしちゃったのだろう。
いつもなら、生きているのかそうでないのか判然としない教祖が、庵主にはどこにあるのかも
分からない町から顕彰を受けたという有り難い記事しか載っていないのに、である。

先の、アメリカによって原爆が投下された8月6日には「広島・長崎の原爆投下から69年」
という見出しを掲げたものかは庵主は判らない。旧臘12月から新聞を読んでいるからである。
天の悪意を恨む気持があるのなら、人為の悪意を憎むのが、それを匡〈ただ〉すのが先だろう。
宗教には自然を矯〈た〉めることはできないが、人の心なら匡すことはできるだろうから。

1月17日は阪神・淡路大震災からもう20年たったということで、神戸でそれを経験した
アナウンサーがラジオその時の様子を語っていた。
「自衛隊はどうした」という言葉があったが、神戸市民は自衛隊を馬鹿にしていたじゃないか
と思うと、可笑しくなったのである。その時、実は自衛隊は一部はすでに動いていたのである。

自衛隊を馬鹿にしていた神戸市民を救うために、である。
庵主などは、この地震じゃ、酒蔵のタンクが倒れただろうなという事しか思い浮かべないから
まだまだ人間ができていないことを自覚するのである。人の命とお酒はどっちが大切かが判断
ができないのだから。お酒にはなじみがあるが、神戸の人に知り合いがいないからでもあるが。

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ついうっかりその話を聞いて涙してしまったのである。
人は緊張するととんでもない力を発揮するという。
ボランティアにはいった人が3月間も休みなしに働き続けたという。ぶっこわれるのである。
「できることを、できる時に、できるだけを。」だったか。そのアナウンサーが助言していた。

そうでないと、体がもたないという。しかし、あの緊張下にあると人は休むことを忘れれると
いうのである。
また、そんな状況が起こってその助言が役にたったらたまらないが。
震災を経験すると、価値観が変わるという。

大震災は身に降りかかる災難だが、人が初めて吟醸酒を呑んだ時の衝撃は知性に降りかかる
災難といえるだろう。それをカルチャーショックという人がいる。
発想の次元が変わるという事である。いずれも知らない方が幸せなのかもしれない。
後者は無意味な優越感をくすぐるからである。前者は無力感に打ちのめされるからである。

アナウンサーの話のオチは、震災の時は「遠くの親戚より、近くのラジオ」というものだった。
老婆が、手にしていたラジオが鳴っていたことで瓦礫の下から救出されたというのである。
ついうっかり聞いて涙してしまったという事では、庵主が以前、神奈川県の海老名市にある
ホスピスに勤める医師の話を聞いた時がそうだった。笑って聞いていたのに泣けてきたのだ。

by munojiya | 2015-01-18 00:04 | 時局物 | Trackback | Comments(0)

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