2015-05-18 とにかく長い国産映画「ガラスの指輪」
能年玲奈的には「あまちゃん」の前年の作品』(典拠・結構面白いよ)という、庵主は全然
知らなかった映画「ガラスの指輪」をGyaO!で観た。
しかも、予備知識なしで、阿部寛の映画なら極端なハズレはないだろうとそれほど期待しない
で観たのである。2時間40分もあるので、最後まで観られるものか不安がよぎったけれど。

映画館で観るのと違って、ネット配信の映画を小さい画面で観ると、時計を見ながら観ている
事もあって通常の2時間の映画でも長く感じる。映画ってこんなに人生を無駄にするものかと。
小さな画面で観る映画は、味わうというより、ストーリーを追うといった感じになるから、
時間を食うだけの、なくてもいいシーンがあると、フィルムをぶった切りたくなってくる。

もっとも、今は、映画をフィルムで撮っているかどうかは知らないけれど。
最後まで、サービス精神に溢れた映画です。長いけどあまり気にならないでさらっと
観終わっちゃいました。[中略]お時間のある方は、リラックスして、是非、この仕掛けに
気持ちよく騙されてください。
』(典拠・トサカにゃあ~~)。時間があって儲け物だった。

そんなに期待してみた訳ではなかったのですがなかなか楽しめました! ○○○○○[庵主
判断で女優名は伏せる]は最初全然わからず出演者の名前で気づく』(同・なかなか楽しめる
作品でした)。庵主もそうだった。あのお姉さんはだれかと思ったら、ええーっ、である。
出てくるパック酒の毛筆書きの酒銘が「辛口」と見えたが、よく見たら「和」だった。

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詐欺師の映画である。コンゲームの映画では定評のある「スティング」張りの映画である。
一番可笑しいのは、GyaO!はこの映画のジャンルを「ホラー・サスペンス」としている
という事である。それを見た人はみんな騙されるのである。
どこがホラーじゃ、サスペンスか、である。乗せが上手な監督による人情劇なのである。

最近は過度なコンピューターグラフィックスやただお金をかけて詰まらない映画が多いが
やはり基本は良い脚本と役者がいれば少ない予算でも良い作品ができると思います。
』(同・
映画は役者と脚本がすべて)。庵主はCGを砂糖と呼んでいる。甘すぎる映画はキツイ。
で、タイトルを良く見たら「カラスの親指」だってのである。一瞥して騙されてしまった。

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「とにかく長い国産映画」としたのは、これは20世紀フォクスの映画だからである。
生産国表示なら、アメリカ映画なのだ。なのに中身は国産ということで、映画自体が詐欺。
部品は日本製の韓国産電子機器みたいなものである。こっちの映画は騙されても得をするが。
全く期待せずに観始めて、途中もなんかありがちな詐欺師ドラマみたいで……

[筋上の]最後の仕事も、そんなスッキリ感も無いし、こんな終わり方だろなぁって思ったら、
残り約30分もある。何があるんだろう?って思ってたら、最後にだまされた!って思わせる
し、タイトルもなるほどって。全部知ったうえで、もう一度観たくなります。
』(同・最後の
30分で良い映画に)。2時間の辛抱が最後で報われるのである。その2時間も十分面白い。

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この映画を面白くなかったという人もいるのである。
じゃあ、なんで原案としてはより面白いはずの「カラスの親指」が、映画になると
「鍵泥棒のメソッド」よりつまらなくなるのか。脚本と監督の力と言えばそれまでなんだけど、
やっぱ映画向きの原作・原案ってあるな、というのは思う
』(同前)。

最後まで見て面白くなかったというのだから、最後までは見れる面白さはあったのだろう。
つまらなかったら、眠っちゃうのである。それと映画の見方の問題もある。
昔、庵主が10分足らずで出てきた映画が2本ある。有代で入った映画なのにである。
庵主は、今でも、期待して観に行ったレイトショーでつい眠ってしまうことがある。

レイトショーで眠らせない映画は悪くない映画である。それは庵主も実感で分かる。
「カラスの親指」を観てきました。痛快な詐欺師の話かと思ってたけど、まさかの展開!
オススメ映画です。レイトショーだったのでつまらない映画なら睡眠タイムになるけど、この
映画は最後までばっちりおもしろかった! ヒロインの子かわいい
』(同前)。

そのヒロインというのが、能年玲奈である。
庵主はテレビを持っていないので、能年玲奈の芝居は断片的にしか見たことがなかったが、
この映画のヒロインは魅力的である。「あまちゃん」での抜擢もむべなるかな。
カラスの親指観てきた!長いね、おもしろかったけど。』(同前)。とにかく長いのである。

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そして、これは、この映画を見る前にはけっして読んではならない記事である。
多くの観客は、庵主同様、映画を観ていても、ちっとも画面を視てはいないのである。
その伏線のための2時間を、長いと感じるか、うまいと感じるかである。
ただし、イマジナリーラインのことは観る前に読んでおいた方が得するかもしれない。

庵主は、大金の入った紙袋を奪って逃げた時に、誤って隣のビルの屋上に落ちた「まひろ」
(実は「やひろ」)がいつ、どうやって入れ替わったのかが、庵主は判らなかったのである。
まひろが逃げ出した時にちひろはまだ部屋の中にいたのじゃなかったっけ。多分、居なかった
のだろうが、庵主は、そんなところを全然見ていなかったのである。手品の良き観客だから。

まだ、観ていない人にでも、これだけは書いておいてもいいだろう。伏線の一つである。
『③中華屋のシーンの冒頭で、あの「ポスター」をテツが不安そうに見ていたのに気付いて
いたか? 見直して見ると、ポスターにはハッキリと彼らが写し出されている。』(同前)。
誰も、そんな所まで注意して見ないのである。初見ならただのポスターにしか見えない。

しかし、それを知ってから、改めてその場面を観ると、初めて見た時には見えなかったテツの
動揺が見える様になるのである。人は知識がないと物が見えない。映画のフル解説はこちら
庵主が、映画を観ても全然その画〈がめん〉を見ていないというのその事をいうのである。
ただ、役者の声を聞いているのである。その声が気持ちのいいものだと眠たくなるのである。

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by munojiya | 2015-05-18 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
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