2015-07-23 感動のCM
見る人を泣かせてしまうというのである。
これが出色だという。ネット内のその評価はそれを作った広告会社のステマかもしれないが。
庵主が涙するのは、自分の娘に嫌われる父親というのも哀しいものだなという所である。余談。
『・なんて素晴しいCMなんだ、泣けるよ。』
『・クソッタレ、あまりにも素晴し過ぎて泣いちゃったじゃないか!』
『てかなんでこのCMの父親は孫と娘のお迎えをしてるのか?
この赤ちゃんの父親は何してるんだよ?』。白タクの運転手だったりして。
『それであなたはこの赤ちゃんの父親は何してるんだ?と気になってるみたいだけど、そんな
のは色んな可能性があるでしょ、仕事だったかも知れないし、事故で死んだのかも知れないし、
離婚したって可能性もある。』
母親は自動車に轢き殺されたという設定にすれば、これは保険会社のCMにもなるのである。
CMソングを作る作曲家とか、こんなCMを作る人は、才能がある人なのだろうが、その才能
を一企業の金儲けなんぞのために使うのはなんとも勿体ない気がしないでもないのである。
そんなものを作っていて面白いのだろうかとも思うが、人の生き方はそれぞれなのである。
誰が呑むのか判らないお酒を造るという行為もまた似たようなものか。人が呑むのである。
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庵主などは才能がないから、泣かせる自動車のCMを作れといわれても、
買ったばかりの自慢の新車をこすってしまい、うっすらと当人だけには気になる傷をつけて
しまうとか、納車の日に早速事故を起こしてしまうとかの状況しか思い浮かばないのである。
会心の車をデザインしたデザイナーが、交通事故の現場で見たら自分が作った車だったとか。
その車の前に轢かれた人が倒れているという映像しか出てこないから才能がないのである。
自動車会社の社長は天国でも地獄でも歓迎されるというのはどうだろうか。
天国「私は数多くの人に幸せにした」。周囲の善人から拍手。
地獄「私は数多くの人を死傷させた」。周囲の鬼達から盛大な拍手。泣ける商売なのである。
2014年の国内自動車販売台数の占有率は最高がトヨタの29.4%、最低はUVトラック
で0.2%である。また同年国内の交通事故による死傷者数は715,487人である。
市場占有率で単純に按分すると、販売トップのトヨタは1日当たり約567人を、最低のUV
トラックは同約4人を死傷させている計算になる。
「今トヨタの車は、毎日567人の日本人や在日等を死傷させています。
それに比べて当社はそれが4人でしかありません。
141分の1の安全性。安心のUVトラックです。
自動車事故には関わらないようにしましょう。UVトラックからの願いです」。
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余談
久しぶりに本屋に立ち寄ったら、そこにあった新書が「家族という病気」という本だった。
そのとなりには「父親という病気」という本も並んでいる。
家族は、今は病気とされているのかと苦笑してしまった。著者の方が病気なのかもしれないが。
アル高も、それまではタチの悪い飲兵衛だったものが、今は病気とされているのである。
そこまで患者は甘やかされているという事である。それを甘受している状態を病気と呼ぶのか。
馬鹿な子供ほど可愛いというから、病気な人ほど可愛いということなのだろう。
馬鹿な子供は傍から見たらやっぱり馬鹿なように、病気の人もやっぱり病気なのである。
左翼系のインテリ学生は、家族関係のことを「家族帝国主義」と呼んで蔑視していたものだ。
それって、自分の価値を安売りしているようにしか見えなかったものである。
病的な家族に育ったその程度の人間をだれも相手にはしないだろうに、と。
人を使った事がある人なら、感謝の念がない人は「使い物にならない」と言う所だろう、に。
立派な道理を説く坊さんや、崇高な哲理を曰く学者さんや、公明な経営哲学を吐く経営者も、
自分が毎日食べている食べ物を自分では作ったことがない人が多い。庵主もそれである。
他人の支えがあってかろうじて生きているそんな人の言う事にどれほどの価値があるものか。
多くの人は、そういう底の浅い軽薄な言葉をまとって生きているのである。
