2015-07-30 日本海軍はデザインが間違っていたという
馬鹿という評価は、あくまでも、その人の建築デザインに関してである。
世渡りや、デザイン選定委員長として何もしないのに高額な報酬を受け取って恥としない一面
においては逆に秀でている。個人の一点についての評価であって全人格的な評価ではない。
ただし、その人が「無責任男」だという評価は、全人格的なものである。
これは、庵主の内心であるが「その男がもし日本人なら日本人の恥じ」と言っていいだろう。
ただしそれは、美意識に関することなので、口に出して言うことはないのである。
心の中で、それを他山の石として、また、反面教師として見ていればいいことだからである。
庵主の、個人的な美意識を他人に押しつけるものではないのである。
ただ、「みっともないったら、ありゃしない」と思うだけである。
デザインに関しては、先の戦争で負け切った 日本海軍も拙劣だったという。
戦争をやる海軍でなく、ただ単に戦闘しかできない海軍だったのだという。委細欄外。
今度招致した東京オリンピックがガタガタしているのは、それをデザインする思想がないから
なのだという。つまり、そんなものをいまさら日本でやる必要性がないという事なのである。
庵主が、皮肉で「本ビール」と呼んでいる、ビールみたいなアル飲(アルコール飲料)もまた
日本のビールのデザインをする人の美意識が狂っているということなのである。
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『また帝国海軍では、潜水艦から戦艦に至るまで、軍艦は敵の軍艦と決戦を行なうのが任務で
あって、タンカーや輸送船なんかを標的にしない(したくない)とする風潮があった。
自軍の兵站を軽んじるばかりか、敵の兵站を叩けば敵前線が弱体化するのに、その戦の常識を
重視することを嫌がった。[中略]
日本軍は「質」にこだわって兵站をバカにした。[戦争の仕方を知らなかったという事だ]
その感覚が今も残る。ゆえに、国立競技場は見た目、見てくれだけが最優先で、兵站に相当
する使い勝手などは二の次にされるのだ。海軍でいえば、敵輸送船より、小さくとも駆逐艦や
魚雷艇なんかを攻撃対象にしたがった軍艦乗りと同じ。』(典拠)。
