最後には「天皇陛下萬歳」としか言い様がないのが「海ゆかば」である。
究極の男歌である。女歌である「君が代」の対極にある曲である。
「戦友」なら、島津亜矢が唄っても
聴くに耐えるが、いな、別の意味で耐えられなくなって
涙があふれてくるが、「海ゆかば」は島津亜矢でも唄えまい。
瞑想というのがある。己〈おのれ〉の心を無にすることである。
瞑想といえば座禅を思い浮かべるが、それは静的瞑想法なのだという。
動的瞑想法もあるという。
人はなぜ走るのか。走ることで得られる快感は、ただ走るということに集中することによって、
その間は自分を無にしていられるという瞑想状態にあるのではないか。
そして、男が「海ゆかば」を唄うことは、唄う瞑想法なのである。
自分の欲得を無にできる境地に導いてくれるからである。心が解放されるのである。
自分を無にすることによって得られる生きている実感のことである。実は、旨いお酒を呑んでも、
日本人は瞑想状態になれるのである。「ああ日本人に生まれてよかった」と。
その気持には余人に対する感謝の念はあっても自分の虚栄心はないからである。
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『何度聞いても良い歌です。先人の方々のお陰で今生きている私は、聞くたびに心が引き締まり
ますし、先人の方々の心を想えば泣けてきます。というか、この曲を聞くたびに何度も泣き
ました。日本人に生まれて本当に良かったと思い、日本人に生まれたことに感謝しています。』
(<a href="https://www.youtube.com/watch?v=KDM6OD24nhc◆◆">典拠</a>米)。