庵主だけではなく、少なからずの日本人は南鮮人の振る舞いには腹を据えかねているようで、
ネットでは、南鮮いじりネタは好評番組となってるのである。
それを見て、南鮮人は、日本人は本当はチョウセン人か好きなのだろうと思っているのかも
しれないが、好きで見ているのではない。ソレの振る舞いをおぞましいと思っているのである。
だから、
こういう話を聞くと、他人の不幸は喜ぶものじゃないと分かっていても、心の中では
つい北叟笑んでしまうのである。
『年内に、一つの国が無くなるとこを、みれるかも?』(同米)。
それが現実味を帯びてきているからである。
日本も、運悪く武漢病毒で滅びるかもしれないにしても、そっちの亡国の方が先になることは
確かなので、その前にいいものが見られる可能性が高いというわけである。
積年の不快感を解消できそうだという期待がたかまってきたのである。
日本政府は、もう何が起こってもかかわらないと腹を決めているようである。
「教えない、助けない、関わらない」の非韓三原則の成就〈じょうじゅ〉である。
その方針がぶれないことを祈るのである。その嘘吐き体質に、日本人は馴染めなかったのである。
人の不幸で酒を飲んではいけないが、『言って良いですか 「散々日本に悪態をついてきて我慢
を強いられた日本人はビール片手で高見の見物しましょう。因果応報」』(同米)。
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壊党の方は、中国共産党のことである。
不癌病毒は中共を崩壊させるのではないかと期待している人がいるのである。
南鮮といい、チャイナ国といい、嘘で固めた制度の限界が来たのではないかということである。
その二つが、もし実現したら、今年は正に令和〈リセット〉の年になるのである。
南鮮とは関わらないという日本政府も、今度は南鮮からの難民は一人たりとも受け入れないと
肚を決めているかどうかが気になるのである。
在日チョウセン人は朝鮮戦争の時の戦争難民であるが、それによって汚鮮されている今の日本に
は迎朝勢力が少なくないからである。その圧力を押し切ることができるかということである。
チョウセン人からの圧力を汚鮮という。
日本人の平等を損なう圧力である。
一方、チャイナ人からのそれは侵略という。
日本人の自由を損なう圧力である。
前門の虎、後門の狼という。
日本人にとっては、前門のチョウセン人、後門のチャイナ人なのである。
そして、天から圧する米国人(ユダ〉といったところか。鎖国政策は正しかったのである。
それは避けられない事ではあるが、外的と関わる事はひたすらの消耗戦なのである。