「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」というのは慶応義塾の客引き言葉である。
キャッチフレーズある。
西鋭夫〈-・としお〉先生はいう。
「坂本龍魔」の、おっとっと「龍馬」である、遊興資金・活動資金は誰が出したのか、と。
新聞・TVはスポンサーの言いなりに物事を書く・喋るのである。
小説家が、下手くそな字を「活字」という仮面で飾って本を売るように、
スポンサーは、新聞・TVという化粧をしてその目論見を売るのである。
露宇戦争のように戦争になれば、嘘を言えば言うほどスポンサーからお金が入ってくる筈である。
その人物の活動資金は誰が出しているのかを、まず見極めろと西先生は指摘するのである。
福沢諭吉には誰がお金を出していたのだろうか。
逆にいうと、福沢諭吉は活動資金をどこから持ってきたのだろうか。
塾生の束脩で賄っていたのか。大勢の朝鮮人留学生を抱えていたお金はどこから出ていたのか。
それは自腹を切ったものか。朝鮮人には裏切られてあとからクソミソに貶していたようである。
人は平等とはいえ、上下はあるのだ。上品〈じょうぼん〉、下品〈げぼん〉という品格が。
お酒も、今のお酒は横ならばだろう。上下をつけるのは野暮というのものである。
しかし、上品〈うまい〉、下品(そうでない〉は、やっぱりあるのである。