「親の顔が見たい」と言いかけて、見なくてもその顔を知っていることに気がついたのである。
馬鹿息子の名前は「岸田翔太郎」総理秘書官である。
具合の悪いことには、その馬鹿息子は総理の息子だというのである。
馬鹿息子を総理秘書官にした親馬鹿人事で嗤われた人だが、今度はその人格が笑われている。
子供は父親と母親の合作だから半分は母親の責任でもあるのかも。母親のご尊顔は
ここにあった。
馬鹿息子の母親の顔を見たところで縁起でもないだけだけれども。
優しそうなお母さんなので、実態は母親泣かせの世間体の悪い親不孝な息子みたいである。
世の大人は庵主が「馬鹿息子」と言うところを「幼稚な感じがしました」とぼかして言うのだ。
『ちょっと非常識かな
「幼い」がダブっているのは、インタビューでの口語だからである。
「今、現在」とか、「一番最初に」とか言うのと同じ強調表現である。
子も子だが、その親(父親の方)も親である。馬鹿息子を切ることができない俗物なのである。
そんなのを党の総裁に選出する自民党の議員の質もそれなりだという事である。
庵主がヤクザの親分なら、「誰か、ケジメのつけ方を教えてやれよ」と言うところである。
幸い庵主はうまいお酒に浸っているので、そういう激越な発言をすることはないのである。
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庶民のお父さんは優しいのである。
『それはダメだよね
二度とやらなきゃいいんじゃないかな
しかし、業界の事情に詳しい政治アナリストは、はっきり言うのである。
『またやったかという感じ』(同8:39)。
初犯、おっと、これが初めてではないというのである。
「馬鹿息子」以前の人材なのだと一蹴しているのが可笑しい。知らぬは父親ばかりなり。合掌。