「左巻き」というのは、勿論、侮蔑用語である。お酒の「左きき」もそうなのかなぁ。
日本では、「期待される日本人像」から道を踏み外した人の事を左巻きと呼ぶのである。
庵主は「左翼」を「詐翼」とまで書くのである。信用するに値しない人達だ、と。
日本人の心は、建前として「誠」である。嘘を吐いてはいけないのである。モットーとして。
しかし「詐翼」は平気で嘘を吐くのである。「吐く」と書いて「つく」と読ませるのは心苦しい
ので、それに当てる漢字を探しているところである。
「嘘吐き」とあれば「うそはき」と読む人はいないだろうが。
支那人と朝鮮人は「詐〈さ〉」の文化である。だから、日本人とは合わないのである。
中韓人は、日本人からすると「平気で嘘を吐く信用できない人達」なのである。
しかし、それはいずれもその文化なのである。日本人とは文化が異なるのである。
中韓人と日本人は、向かう方向=美意識が正反対だから、合うわけがないのである。
「中日友好」とか「韓日友好」は、ありえない嘘である。建前、と言い換えておこう。
「あー、詐翼顔だ」と。
勿論、それは逆である。その人が「詐翼」だという事を先に知っていたからそう見えるのである。
お酒の場合は、庵主は先入観で呑むことはない。まず呑んでみて、それから評価するのだが。
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「死刑反対」をキャッチフレーズにしている弁護士さんにも色々大人の事情があるのだろうが、
そして、マスゴミではそういうのを「忖度」と呼んで非難するのが建前だが、この老弁護士も
業界のしきたりとかに縛られて、「正義」を主張できないものがあったのだろうと同情するので
ある。結局、その老弁義士は自分の主張が自分を苦しめる事になったという。
しかも、だらしないことに、「しだらない」ことに、一転、ころりと「死刑賛成」に意見を
変えたのだという。確かに「過ちては即ち改めるに憚ることなかれ」とはいうけれど。
傍〈はた〉から、無責任に(←当事者ではない傍観者という意味)眺めている分には軽薄な
デタラメな人にしか見えないのである。あっ、「詐翼」なのか。他山の石である。
『岡村弁護士は妻を殺害した犯人の弁護をするべきだろ、
主義主張を貫く、弁護士として仕事を貫くとはこうゆう[こういう]ことを言うんだよ
そこから逃げただけでなく主義主張を180度ひっくり返すとは
申し訳ないが偽善者としか思わない。』(同米)。
弁護士とか、マスゴミとか、大学の教授には、左翼思想にかぶれた人が多いという。
反社会的で実社会では役に立たない人を受け入れてくれる職場がそれだったというのである。
一見、頭がよさそうに見えるけれど、如上の如く、どうしようもない人が多いのである。
すぐ嘘を吐くから、否、平気で嘘を吐くことができる人だから「詐翼」と庵主は書くのである。