子供はいるのに、その両親が揃っていないという事例はよくあることである。
本来なら夫婦で育てる子供を片親で育てるのだからその負担は大きいのである。
両親が揃っていない子供に対する「世間の目」も厳しい。
「どうしてお父さん(もしくはお母さん)がいないの?」と好奇の目が向けられるのである。
それに対して、一々「父はいま刑務所で服役中です」などと説明するのも面倒臭いので、普通は
「亡くなりました」と言ってお茶を濁すものである。父親が(もしくは、母親が)いない理由を
説明したところで、元に戻るわけではないからである。
服役中ならまだ諦めもつくが、しかし、どうしようもない父親だったときには困るのである。
どうしようもない母親だった場合も同様である。陰気は陰気を寄せつけるものか、傍から見たら
どうしようもない夫婦というのもあるのである。結婚相手の好みなんかどうでもいいけれど。
ただ、そこで子供が生まれて、その子をちゃんと育てられない状況になったときが困るのである。
すくすく健康に、そして賢明に育ってくれればいいが、グレる子供が少なくないのだ。[欄外]
その人も片親で育ったという人が言う。
そういう「矜恃」もあるのである。世の中には、いろいろな不幸があるものである。その逆に、
幸不幸を超えて輝いているうまいお酒というものもある。出合えたら僥倖と言うしかない。
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「片親のためにグレる子供が少なくない」と書いたが、果して、現実も庵主の当てずっぽうと
同じなのかは、庵主は知る由もない。どこかにそれを調査して比較した資料があるのかどうかも。
片親の子供のグレ率と、両親がいる子供のグレ率にはどの位の違いがあるのだろうか。
案外、似たような率で、親の期待に沿えない子供達がいるものなのかもしれない。
片親で育った子供の方が、何かとストレスが大きいだろうから、グレる子供が多いのではないか
というのが庵主の先入観だが、じつは、両親が形式的にいたとしても、その夫婦仲が悪いとかで
グレてしまう子供も、片親で育った子供と同ど様な発生率なのかもしれない。現実や、如何。
そうであったら、子育ては親の育て方の成果と言うよりは、「親があっても子は育つ」なのだ。