「違和感を感じる」という言い方に違和感を感じますか、というのである。
庵主は、「違和感を感じる」に違和感を感じないのである。
むしろ、よく使われている「今現在」という言い方に、いつも違和感を感じているのである。
「今」と「現在」は同じじゃないかという感覚からである。「チゲ鍋」である。
「チケ」は鍋という意味だから、「チゲ鍋」と言ったら「鍋鍋」になってしまう。
「収集」とか「減少」とか逆の「増加」もだが、同じ意味の漢字を重ねた熟語はいくつもある。
それで言ったら「今現在」もそれだと思えば違和感はないのであるが、庵主は、「今現在」と
言っているのを聞くと、いつも違和感を感じるのである。
それでいて、「違和感を感じる」には違和感を感じないのだから、語感の癖なのだろう。
同じような言葉遣いなのに、あるものは全然気にならないのに、あるものには気になるのだから。
ただし、庵主も「犯罪を犯す」と言い方にはいつも苦笑しているのである。字で書いたら「犯」
の字が重なるからである。口で「はんざいをおかす」と言ったらなんともないのに。
同様の例で「歌を歌う」が、庵主には気に障るのである。庵主は「歌を唄う」と書いている。
「飲む」も、お酒を「のむ」ときは「呑む」と書き分けている。ちなみに焼酎も「呑む」である。
「國酒〈こくしゅ〉」は「呑む」である。なので、泡盛も「呑む」である。お酒のいい香りを、
かつては「匂い」と書いていたが、お酒のそれは「香り」と書くのだと教えられて改めたものだ。