「反吐は吐き尽くすべき」と読んでしまった。フジテレビの事である。
同局の腐りきった精神は、清潔が好きな日本人から憎悪さえされているようである。
「憎」は全否定だから、ここは「嫌悪」としておこう。関わってこなければいいよ、である。
しかし、「不治テレビ」は一線を越えてしまっているのである。
これを機に、根絶してしまうしかない。
「臭いニオイは元から断たねば駄目」である。
「死」はクライマックスである。それは最高のエクスタシーなのである。
「哀しい話なのに可笑しい」という話がある。
「可笑しい話なのに、涙を禁じ得ない」という話がある。
喜と悲を同時に味わえる至高の快感のことである。
本屋で、棚一段のこっちからあっちまで、全部の本を買うような快感である。読み切れないが。
感情の振れ幅を同時に経験するという悦楽の瞬間のことである。
と、振っておいて、「フジテレビに悦楽を」と平気で言えることに性格の悪さを自覚するのだ。
年末は「早く来い来いお正月」だったが、年が明けたら「早く潰れろフジテレビ」である。
おビールを用意して、その日が早く来ることを心待ちにしているのである。令和のお洗濯だ。