人気ブログランキング | 話題のタグを見る

2025・08・14 出版業の要諦

出版社は何を売っているか、という話である。酒屋は何を売っているのかという話にも通じるが。
出版社が「本」を売っているというのは外見である。
売っているものの「本質」は何か。新幹線は何を売っているのかというのと同じ観点の話である。
本屋が売っているのは良く言えば「好奇心」だろう。ハッキリ言えば「暇つぶし」の読み物だ。

「エロ本」は暇つぶしの絵本か。字で楽しませるか、絵や写真で楽しませるかの違いである。
人間は、素晴らしいのである。哲学するのだ。美を愛するのだ。理想を追求するのだ。
しかし、同時にスケベなのである。みっともない部分も多々あるのである。
人間の文明を、身も蓋もないが「いたずらにゴミを量産してきた歴史」だと言った人がいる。

庵主の庵の中にも、そのゴミが増殖しているのを見ると、その見方は正しいと思えるのである。
人間の身の周りの「文化」って、結局のところ「ゴミ」なのではないかと。
「ゴミ」のタチが悪いところは、それが「形〈ぶつ〉」として残るということである。
「形」は「物〈ぶつ〉」と書いても同じである。「物〈ごみ〉」と読んでも同じなのが悲しいが。

8月15日は南鮮人にとっては「光復節」だという。同国人が言うには「日本の植民地支配から
解放された光輝く日」だというのだ。同時に、日本人にとっては「幸福節」なのである「朝鮮人
という頸木〈くびき〉から解放されて持ち出しをやめる事ができるようになった日」なのだから。
だがしかし、それは日本がなぜ戦争に負けたのか、よく判らない日なのでもあるのである。

-----

毎年8月15日になると、「あの戦争を忘れまい」という話題〈ネタ〉が湧いてくる。
マスゴミ業界の、あるいは出版業界の年中行事と化しているのである。
もう、何十年間、同じネタで食っているのかと思うが、あの戦争は日本人の心に深く残る戦争
だった、というのがマスゴミ業界の建前なのである。

だったら、なぜあの負け戦が起こったのか、もう原因が判明しているのかと思ったら、今でも、
あの時の戦争がなぜ起こったのか判らないというのである。
そもそも、山本五十六はなぜ全軍部がそれはないと言っていた「真珠湾攻撃」に誘導したのか。
それすらまだ判っていないらしいのだ。今の、左翼が牛耳っている歴史業界においては。

で、本屋はここぞとばかりに、読者に訴えるのである。
歴史教科書がひた隠す大東亜戦争の真実』(典拠)はこうだったと。
左翼の歴史学者が言う『軍部が暴走して真珠湾攻撃が起きたせいで国民が戦争に巻き込まれて
しまった』(同)というのは大嘘だと。諸賢は騙されていませんか? と。

「諸賢」を自称する読者は己の見栄をかけてその「真実」を知りたくなるのである。
出版社も商売である。読者がなんとか買えそうな値段で釣ってくるのだ。
よく考えたら、「真実」がそんな安い値段で買えるわけがないのに。
古い人は「大日本帝国陸海軍」は国の誉だと教えられてきたから疑念をいだかないのである。

-----

しかし、若い人は違う。当時の軍部は日本人のエリート集団なのに、あらゆる情報を知っていた
にもかかわらず、なぜわざと負ける戦争に走ったのか理解できない、と言うのである。
歴史業界も、商売である。すぐ答を、本当の事を教えたら、先々、商売がやっていけないのだ。
勿体ぶって引っ張るのは、今時のユーチューバ―の動画と同じである。食っていくためである。

今の日本人は先の「大東亜戦争」の真実を教えられていないのではないかという疑問が拭えない
と言うのである。
その宣伝動画では、若い女の学生が、そう言っている。
女の子でさえ、そう思っているのに、いい大人がそれに疑問を抱かないのはオカシイと。

そこからが出版社の商売のはじまりである。
読書家の内藤陳に「この冒険小説を読まずに死ねるか!」という強烈な惹句がある。
出版社は言うのである。
「先の大東亜戦争がなぜ起こったのか知らずに死んでいっていいのですか?」と。

インテリに対する最高の殺し文句である。もうその本を買わずにいられなくなるのである。
庵主の場合は、幸いなことにそもそもお金がないから、買うに能わずなのである。
それに「真実」を知ったところで世の中は何にも変わらないということを知っているのである。
なので、その広告を暇つぶしの動画として眺めているのである。お酒の真実の方がおいしいから。

-----

先の衆院選の「自民党&公明党」反日政権の大敗は、同党が進めてきた「日本人棄民政策」から
の脱却を日本人〈にほんじん〉がようやく選択したという事だというのである。
「売国」という言葉があるが、「自&公」は本当に、日本の国土を外国人に売り払うという
「売国政党」だったのである。

日本を豊かにするべき政治は、30年もの間、日本を徹底的に破壊し続けてきました。
典拠)。戦後80年たった今、もういいかげん日本人のために政治をしませんか?』(同)。
(「しませんか?」は馬落か。「しませんか」ですでに同意を求めているのに、さらに「?」を
被せるのは、考えようによっては「しませんか」に疑問をいだいているように読めるのだ)。

いつまでも「終戦ネタ」で引っ張るのは、ネタが古すぎるというのである。
今は、次の戦争の舞台に立っているのに、終わった戦争の話をしても始まらないのである。
それでは今の戦争に間に合わないではないか。
人間が「生き続ける」ということは、実は他の命を「殺し続ける」という事なのである。

他の命を食わずして、人間は生き続ける事ができないのだ。
即ち、「戦争なくして生存なし」なのである。目先のドンパチに目を奪われて、それを忌避して
次の戦争に備えないのは「自己否定」にほかならない。生き続けるという事は日々が戦争なのだ。
先の戦争は日本人がなんとか生き延びてきた戦争だったという事なのである。僥倖だったのだ。


by munojiya | 2025-08-14 11:28 | 世話物 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


by munojiya