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2025・08・27 撤去は当然「街中の裸体像」

「性的である」との指摘を受け撤去「女性の体を卑しい、恥ずかしいということは抗議したい」
彫刻家の怒り 公共空間での“裸婦像”撤去 「海外では公共空間にほとんどない」
〈カンテレNEWS〉』(典拠米)。
撤去するのは当然であると、庵主は思う。

そんなアホな彫刻家がいるとしたら、早く死んでほしいものである。
いや、「病院」から出さないで欲しい。
「お前のチンポコなんか見たくない」という庵主の個人的感情からである。
卑しいのはその彫刻家〈おまえさん〉の表現能力である。稚拙過ぎて恥ずかしいのである。

わが国では、人前で裸体を晒すという風習はないのである。
街中にそんなものを晒す馬鹿がどこにいるか。ここにいたのか。
そんなものを街中に置きっぱなしにする行政も行政である。
言うならば、街中にエロ映画のポスターを堂々と張り出しているようなものである。

裸体の「少女像」を公然と街中に置いている所はなかったっけ。
そんなものを芸術と言う前に、常識という多数決で撤去してね。みっともないので。
「街中を徘徊する酔っ払いを卑しい、恥ずかしいということは抗議したい」。
そんなもの、みっともないに決まっているだろう。酒飲の戯言である。

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美術館にある裸婦像は、なんか芸術っぽいけど、そのへんの道に裸で立たされている像は
なんで裸なん?と思うことはある。意味はよくわかってない。』(典拠米)。
屋内に展示すればすむことでは、わざわざ公衆の屋外に展示する感覚が理解できない。
(同米)。裸が好きなら人目につかない室内でご自由にというわけである。外でやったらアウト。

昔は公共の場の授乳する人が当たり前にいた時代は性的とは思わなかったんだろうけど、
価値観も時代の流れと共に変わるからなあ。
その内公共の場に裸の像も置かれなくなるのが当たり前の感覚になるんだろうなあ。』(同米)。
そもそも、他人のチンポコ像なんか見たいか、である。女体が美しいなら男体もだろうに。

小学校のプールも変態対策で目隠しが徹底されたり水着が改良されてる中確かに少女の全裸像
で公園は同世代として思うことがあったんだろうな。確かに自分も慣れただけで子供の頃は何で
裸?って思ってたわ。屋外じゃなくて美術館に置けばいいんじゃないかな。』(同米)。
女の裸が好きな人は、それ専用の場所でどうぞという事である。

ストリップショーが見たければどうぞ劇場で、という事である。
そんなものを、街中でおおっぴらにやられたら、不快に感じる人の方が多いのではないか。
庵主なら、街中で大して美しもない女裸体を見せられたら不快に思うけれど。
公共の空間で裸になっていいのは、日本では公衆浴場だけだろう。あとはちゃんと服を着てね。

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知性のある人がこう教えてくれるのである。
女の裸が美だというなら、老婆のそれを造ってみ、と彫刻家に言ってみたいなぁ。
『芸術だとか何とか言ってるけど元々多くの裸婦像はその昔パトロンの「美しい女性の裸を
観たい」という要求に応えて作られたもの。

歴史的に観ると実はポルノとの境界は非常に曖昧なもので、女性が生命の源だからモチーフに
なるとか、服を着ていないことは平等を表しているから自然なのだとかいった理屈は後付け
されたもので、いわば建前のような意味合いが強い。むしろ芸術としての裸婦像も官能美とか性
の追求といったテーマで扱うほうが歴史的な根源に近いものです。

だから西洋では裸の彫刻は美術館の中に置かれているんです。
従って日本のように「性的な意味合いは全くないんですよ」などといって公園に裸の少女像を
展示することには違和感があります。』(典拠米)。
まあ美術館に置いたほうが良いな。』(同米)。

ハッキリ言って、そんな価値がないから、美術館では扱ってくれないので、街中に捨てたという
のが本当のところだろう。
日本では、路上等にゴミを捨てない文化になってきたという事なのである。下手な彫刻はゴミ。
わが国でも、ちょっと前までは路上に煙草の吸い殻を捨て放題だったのに、進化したのである。

by munojiya | 2025-08-27 08:15 | 世話物 | Trackback | Comments(0)

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