三親切
芝居の作者は三親切でなくてはいけない。
お客様に親切な、興行元に親切な、そして役者に親切な芝居でなくてはならない
ということである。
井上ひさしの戯曲が役者に評判が悪いのは親切が一つ欠けているからである。
興行元は泣いていないのかというとある人はそれで破産してもう出す涙もないと聞く。
お客様だけには親切というのでは結局は人望を得ないということである。
お酒の蔵元はその三親切を心得ているのか。
造り手が喜び、呑ませ手も狂喜して、呑み手がうれしくなるお酒なのかということである。
そういうお酒を造っているのかということである。
三位一体を標榜する宗教もあるが、お酒もまた三位一体である。
造り手、呑ませ手、呑み手の三者のいずれかが欠けていてもうまいお酒は呑めない。
そのうちの一つが弱かったとするとその水準が全体の水準であるということである。
三親切というのは芝居の水準を上げてそれを維持していくための要訣なのである。
お酒の場合は、呑み手が造り手や呑ませ手にそのわがままを通していいのである。
お酒の水準を上げるのは呑み手のうまい酒に対するあくなき追求にあるからである。
