はらがへっているとどんなものでもうまいか
つまり、食い物がまずいと不満を鳴らすのは日本人の恥だと戒めるのである。
質素を旨とする日本人は食い物をまずいなどといってはいけないというのである。
たしかに、その日、初めて呑むお酒はどんな酒でもうまいと感じることがある。
しかし、杯を重ねると、まずい酒はやっぱりまずいことがわかるのである。
とりわけ、歳をとってくると、まずいものは体が受け付けなくなる。
量は少しでいいから、うまいものが呑みたくなる。
成長期の肉体はなんでも受け付けるが、衰亡期の体にはそういう芸当ができなくなる。
だから、うまいお酒というのは年寄りの元気の素として必要なのである。
戦後の日本は、人間でいえば希望に燃えた若い体だったから
三増酒でもなんでもどんどん受け入れたのである。
それだけ体力があったということである。
しかし、いまや世界史の老齢化とともに、日本もまた安定期になってきた。
庵主は年齢とともにまずい酒なんか呑めなくなってきたのである。
味が若い新酒や、香りが強いだけの奇矯なお酒などは呑んでもうまくないのである。
その造りに込められた意欲が感じられるお酒が、即ち真っ当なお酒がうまいのである。