酒に酔う人、それを味わう人
お酒はまずい方がいいのだという考え方もあることはいうまでもない。
紙に表面(おもてめん)と裏面(うらめん)があるように、
物事は、表裏というか、あるいは陰陽というか、二面性があるということである。
酒はまずいのが正しいというのは一つの物を異なる面から見ているだけにすぎない。
共産主義の誤謬は片面の価値観しか認めないという偏執(へんしつ)性にある。
それは商品の欠点を語らない商業広告と同じ発想なのである。
自分が見たくないことはないものにするという偏った物の見方なのである。
商業広告も共産主義も夢を売っているという点ではよく似ている。
その点お酒のうまさは夢ではなく、真実のうまさなのである。
ほとんどのお酒はうまくもなんともない酒であるが中に本当にうまいお酒がある。
庵主は、呑めば酔うのがわかっていても、そのうまさには酔いたくなるのである。
酒は酔っぱらうことができさえすればいいという人がいる、味にこだわらない人である。
庵主は、たまたま、まずいお酒が呑めない体質なので、味がないお酒は呑めない。
庵主はお酒の呑み手の中では多分少数派なのだと思う。
両者はお酒という紙の表と裏なのである、なんでもそうだが裏の方が深いのである。
