日本人でなくては造れないお酒
それは日本人の心情が造り出したお酒でもある。
日本人の気持ちになれないとうまいお酒は造れないということである。
今では外国でも清酒が造られているがその評価は今一つである。
悪い酒ではないが、わざわざ呑む酒ではないと評価する人が少なくない。
なにかが足りないのである。
日本の大手酒造メーカーが造る酒を呑むときの虚しさが味わえるということである。
外国で現地人にお酒を造らせると仕事が大雑把だと読んだことがある。
もちろん、国内では外国人の杜氏がいて、その人はいいお酒を醸しているから、
杜氏の国籍の違いによるのではなく、酒造りの気持ちの違いによるものなのだろう。
日本人は物造りについ凝ってしまうのである。
だから必要以上にうまいお酒が出現することがある、それが多々あるからうれしい。
造り手のこだわりとか技を感じるお酒である。
それを感じるからお酒を呑むことは面白いのである、心楽しいのである。
違いがわかるという快感にひたることができるからである。
呑み手もまた日本人なのである。
