お酒が呑める幸せと呑めないことの幸せ
そして、お酒のうまさが判るのである。
お酒が呑めることは幸せだった。
お酒のうまさが判るということは快感で、そこに日本人の美意識を見たのである。
こんなことをいっても差し障りはないと思うから書いてしまうが、
庵主は美しいものが好きである。
美しいものを愛でることは、考えようによってはそうでないものを馬鹿にすることであるが
世間ではそれを差別とか軽薄な優越感と呼ばないことになっている。
本当にうまいお酒を、すなわち真っ当なお酒を呑んでいると、
そうでない安い(値段でなく評価が)お酒を呑んで満足している人が可哀相になってくる。
しかし、そういうお酒でも十分楽しむことはできるということはいうまでもない。
中にはアルコールを全然受け付けないという人がいる。
奈良漬けのにおいを嗅いだだけでも酔っぱらうというのは本当らしい。
そういう人は、お酒のこのうまさを、すなわち身も心もとろけさせてくれる快楽を知らずに
死んでいくということなのだから余計なことではあるが憐憫の情を催すのである。
もっとも呑めない方が安酒を馬鹿にしないですむから本当は幸せなのかもしれない。
