本当のところは反対のところにある
そういうことをコレクションするのが庵主の趣味である。
例えばかつての黒電話のベルの音である。
あの神経に触る不愉快な呼出音をもっと心地よい音にできないものかと思っていた。
ところがあれはわざと人間に不愉快な音にしてあるのだという。
なぜなら、電話が掛かってきたことを確実に知らせるためにだという。
それがあまりこころよい音だと聞き逃してしまうが、
気に障る不吉な音なら人間は必ず気付くからだという。
いまは着メロで逆の意味で不愉快な呼出音に変わってしまったが、
呼出音は不愉快な音でないと駄目だということがその本質だったのである。
電気はブラスからマイナスに流れるということになっているが、
実際の電子はマイナスからプラスに移動しているのも見掛けと本質が逆である。
コンビニやスーパーの監視カメラは外部の泥棒を監視しているのではなく、
実は逆でアルバイトの店員が商品を万引きしないかどうかを監視しているのだという。
お酒もそれをアルコールだと思っている人がいるがそれではお酒は見えてこない。
アルコールの上に乗っている造り手の気迫にお酒の本質があるということなのである。
