あほらしい幸せ
うまいお酒を追い求め、それに出会えることは楽しいことなのだがキリがないからである。
そんな儚(はかない)いことにこだわって、うまい酒に舌鼓を打つのは確かに楽しいが、
しかし、それは到達することがない永久に未完成な、そして不確かな幸せなのである。
その点、普通酒の味わいに満足できるならそれは完成した幸せなのではないだろうか。
もっとも庵主の場合はお酒の善し悪しを見極めることが美の物差しとして役に立っている。
よりいいものを追いかけるという行動は、それを浮気男に見立てた時にわかることだが、
傍(はた)から見るとそれは甲斐のない生き方にしか見えないのが悲しいし、可笑しい。
でも、若いころはそれに気がつかないし、
また暇があるからそれを厭(いと)わない馬力にあふれているということである。
もっとうまいお酒を呑みたいという衝動による行動はあほらしい幸せなのだろうが、
それを夢(ロマン)だといえば、向上心あふれる積極的な生き方に対する評価である。
本当は、十人並みの女でも十分なのに、
でも、やっぱり美人がいいと憬(あこが)れるところが男の浅はかなところである。
今よりもっといい世界があるのではないかと惑うところが人間の性(さが)なのだろう
人間とは因果な商売である。
