酒味の店
酒味は趣味に掛けた造語だろう。
趣味というのは、普通の人は全然気にしない細部の違いにこだわることである。
競馬賭博をやらない庵主には競走馬の顔の違いがわからないのである。
興味がないと細部の違いなんかどうでもいいということである。
フィルムで撮った画(え)とデジタル画像は普通の人には同じように見えるのである。
しかし、わかる人には、すなわち趣味の人には違いがわかるから不幸なのである。
傍(はた)から見るとどうでもいいことにこだわる人の不幸をそこに見るのである。
とはいえ、一度その違いがわかってしまうと、いいものが見えてしまうのである。
そうなるといいものの方が美しく見えるのである。
人は美しいものが好きである。
美意識こそ差別の根源だと庵主は思っているが、それがないと人間ではない。
美意識を人の評価に使うと何かと支障が生じるが、
それをお酒の味わいに使う分には他愛ない仕儀である。
人間が持っている差別感をうまく解消しようというのが酒味の店なのである。
お酒の味をあれこれいっている分には被害者が出ないからである。
