音楽の缶詰 <二本立興行>
レコードというのは古い人の言い方になってしまった、いまはCDという。
そのCDも旧メディアとなりつつあり、今やデーターで聞くのが音楽になっている。
レコードというのは、いうなれば音楽の缶詰なのである。
データーで聞く音楽というのは、まさに加工食品といっていいだろう。
目黒の秋刀魚と、缶詰の秋刀魚はどちらがよりうまいかは言うまでもない。
七輪の炭火で焼いた焦げむらのある目黒の秋刀魚に決まっている。
それが食えない人や焼くのは面倒だという人が口にするのが缶詰の秋刀魚である。
生音楽と缶詰音楽は似ているが両者は別物だろう。
缶詰音楽はしょせん貧乏人もしくはヒンボー人の食い物なのである。[注]
多くの人は、音楽に関しては、びんぼうの内に死んでいくのである、本物を聞かずに。
録音された個別の音楽が芸術か否かは別の評価になるが、その騙し方は芸術的である。
本物を知らなければ缶詰音楽でも輝いて見えるのである、否、それが音楽だと思ってしまう。
それでも十分実用的だからである、複製こそ文化だという意見もあることだろう。
ただし、食い物もそれでいいのだという人は、これはビンボー人(不幸せ)である。
お酒も三増酒みたいな酒ではなく、真っ当な酒を呑むべきだというのが庵主の主張である。
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不幸せ=せっかく生まれてきた甲斐がない。
