2015年 05月 17日 ( 2 )
2015-05-17 本読みなら知っている「ゴイム」という言葉
本を読む人なら、その理解の深さはともかく、その言葉は知っている筈である。
「ゴイム」という言葉である。
とりわけ、陰謀論マニアにとっては、この言葉に出合って一人前という言葉である。
「ユダヤ人」が、排他的かつ差別的な気持を込めて非ユダヤ人の事を呼ぶときの言葉である。

で、その「ユダヤ人」という言葉がまた面倒なのである。
「お酒」といっても、純米酒とアル添酒があるように、
「発泡酒」といっても、まともなビールのそれと、手抜きのビールみたいなそれがあるように、
「ユダヤ人」という言葉にも二つの意味があるのである。

一つは、聖書で神様に贔屓されている正統なユダヤ人である。
それ故に、世界的には虐〈しいた〉げられている。
もう一つの「ユダヤ人」が、ネットでは「湯田屋」と書かれる気違いのことである。
ナチスによる「ユダヤ人600万人虐殺」という時のユダヤ人は正統ユダヤ人である。

虐殺されたのは馬鹿にされている方のユダヤ人なのである。
ヒトラーにそれをやらせたのは湯田屋(国際金融資本)のユダヤ人なのである。
「ユダヤ人」が「ユダヤ人」を大量虐殺したということなのである。
なぜなら、それをやると湯田屋は儲かるからである。日本人は勿論ゴイムなのである。

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これ[「あめふり」という童謡]は、小学校一年生くらいの男の子が、急な雨のなか傘を
持たずに泣いている女の子に、傘を貸してあげるという内容だが、昔は童謡でさえ、こうして
「即自」から「対自」への移行過程を教えていたのである。こうやって育った子どもが、
やがて人のために尽くすという崇高な認識を育てていく。
』(典拠)。

「逝きし世の面影」の古き良き日本の残映が残る童謡であるが、これが白人どもに
とっては、どれほど嫌なことか。彼らにとって、日本人はゴイム(非ユダヤ人、ブタの意味)
なのだから、こんな人類の崇高さを一身に集めたような人間に育てさせてはならないのである。
だからあの手この手で愚昧化政策を日本に押し付けてきたのであった。


アメリカのアメリカ人教育も酷いが、その手法を日本に持ち込んできたのである。湯田屋は。
白人=ユダヤが論理学用語としての「即自・対自」を知っていたかどうかは定かではないが、
彼らなりに日本人が民族的特性として元来“他人”を意識できない「無菌人種」であることは
見事に見抜かれたのであろう。

だから「個性尊重」などの美辞麗句でオブラートにくるみながら洋風教育を押しつけつつ、
日本人の特性である「即自」性向を助長させて、自ら墓穴を掘るべく仕掛けられたのであった。

子供に個性なんか必要ないというのは庵主の実感である。日本人の子供には日本人の枠組みを
教えればいいのである。個性とはその枠に収まらない部分をいうのだから。

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by munojiya | 2015-05-17 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-05-17 悪い冗談
今になってみれば、アメリカは、2発の原爆を落す場所を間違えていたというのである。
広島と長崎ではなく、平壌と京城に落すべきだったというのである。
日本人が思いついた冗談なのか、アメリカ人がやっと気がついた冗談なのかは判らないが。
これは庵主の冗談である。悪い冗談である。

2発の原爆は、日本国内に異常繁殖した癌細胞を殺すためだったというものである。
もはや獅子身中の虫となってしまつた二つの癌を殺傷するためだったというものである。
陸軍と海軍という二つの癌を、である。いうならば、癌の放射線治療である。
これは、マジメな(←片仮名)被爆者が読んだら不快感を表すだろうなぁと思われるのである。

被爆者の中には、マジメな被爆者もいるからである。庵主はそうではないからである。
今度は、第三次世界大戦をやっちゃったほうがいいのではないか、という「冗談」がある。
日本人は、放射能には強いので生き延びるというのである。
白人とか、シナ人とか、チョウセン人は弱いので、きれいに除草できるというのである。

地球が綺麗になるというのである。
もっとも、そうなったときにも、自然の摂理で、生き残った人達の間に、悪い奴といい人とが
ちゃんと別れるのである。巨人軍は不滅であるように、悪もまた不滅なのである。
当たり前の事である。善と悪とは表裏だからである。人間の性〈さが〉である。

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こういう悪い冗談もある。
原爆は広島じゃなくて大阪に落とせばよかったのに』(典拠)。
北朝鮮を揶揄する「無慈悲なチャーハンの作り方」という悪い冗談がある。
アメリカの正義を揶揄する「ご厚情の御礼の仕方」も悪い冗談だろう。

「アメリカさんから、2発のご厚意を頂戴して70年がたちました。
いつまでもご厚意を貰い放しにしてはおけませんので、そろそろ70年間の御礼〈りそく〉
の気持をたっぷ込めてそのご厚情に報いたいと思います。
あなたなら、どこの街とどこの街にお返ししますか」。軍都と聖都にか。叛都にドンとか。

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by munojiya | 2015-05-17 00:03 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)