2015年 05月 31日 ( 3 )
2015-05-31 それは逆「アメリカは日本を民主化した」
アメリカは大きな勘違いをしているというのである。それは逆なのだと。『ビジネスの世界で
「成功体験に縛られる」という言い回しがある。一度、成功体験を経験すると、それが自己の
中で唯一の正しい方法だと確定してしまい、それがまぐれ当たりのたった一度の成功であった
かも知れないという懐疑の精神を持つことができない。

普遍的な成功体験なら再現性がある。ただし挑戦者達は成功体験を乗り越える新たな戦略を
模索し挑んでくる。その結果がもたらす時代の変化が、かつての成功体験を過去の遺物として
無価値にしてしまうこともある。本人だけがそのことに気がつかない。本書を読みながら、
戦後のアメリカこそがそうなのではないかという感慨を抱いた。

戦勝国アメリカが、戦後日本を民主化へと導いたというあのおとぎ話だ。
その再現を夢見たアメリカが、世界の各地で死屍累々の敗北を重ねて来た歴史を我々は同時代
人として傍観してきた。挙げ句の果てに米国大統領オバマは、「もう世界の警察官はやめた」
と放言し、世界をさらなる混乱の坩堝に陥れた。
』(典拠・評浅野正美)。

アメリカの誤解である「蛮人の民主化メソッド(←わざと外来語使用)」はその相手が日本人
だからこそ有効だったのである。つまり、アメリカ人は日本人にかつがれたのである。
一方、日本の「後進国開発メソッド」は、台湾、朝鮮、満洲と実績を重ねているのである。
お酒のうまいも、お酒の側にあるのではない。それをうまいと判断する呑み手の側にあるのだ。

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最終行の「お酒のうまいも」の「うまい」は「うまさ」の誤植ではない。
「うまい」というのは「それをうまいと評価できる味わいの価値」という意味である。
「うまい」と書くと、形容詞みたいに感じるので違和感を感じるかもしれないが、この場合の
「うまい」は名詞なのである。

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上掲のリンク先にこういう言葉があったので引用しておく。
故・福田恆存〈ふくだ・つねあり〉の言葉だという。
「秩序を守るために(中略)当然犯さなければならない悪というものがある。それに耐えて
ゆく、それが思想というものだ。だから物事を「解決」したいと思わない方が良い。

日本の歴史は既に存在しているということを、今の歴史家たちはどうやら忘れている。つまり
歴史は親みたいなもので、私達は日本の子供なのであります。その子供の立場から過去の歴史
を捌いていこうというものの考え方が既に間違っている。歴史をして私達を仕えしめてはなら
ない」
』(同)。「歴史認識」とやらも、歴史にあるのではなく、今生きている人にあるのだ。

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by munojiya | 2015-05-31 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-05-31 笑い話「日本は安全な国じゃなかったか?」
兵庫県西宮市で[2015年5月]26日、韓国籍の女子大学生趙ウナさん(23)が暴行
を受けたとみられる状態で発見され、死亡した事件で、韓国政府は日本の捜査当局に厳正な
捜査を要請した。
』と韓国の聯合ニュースが伝えたという。
それを聞いた韓国人が『嫌韓日本人がやったことなら、絶対に許さない』と憤っているという。

「日本は安全な国じゃなかったのか?」』(典拠)というコメントが笑えるのである。
いやこれルームメイトの韓国人2人が一番怪しいのに先走って日本叩きするとブーメラン
刺さるぞ。
』(同15)。
「毎日新聞」の記事によるとこうである。。

『[死亡した]趙さんは、韓国人の男女と3人で暮らしていたとみられ、県警はこの30代
男性と20代女性から事情を聴いている
』。どうやら犯人は同居していた韓国人らしい。
>[冷静な韓国人のコメント]「犯人が韓国人だったら、大きな恥をかくことになる」<
そのとーり。
』(典拠17)。

先のコメントの何が可笑しいのかといって、日本は、韓国人がいなければ本当に安全な国だと
いうことなのである。ちっとも安全でないのは、あんたらがいるから。
アル添酒の何が可笑しいのかといって、アルコールを造るのが醸造酒である日本酒の特徴なの
に、それに醸造アルコールを混ぜたらお酒を造る意味がなくなってしまうという所なのである。

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2,3年前も韓国人の母娘が殺されて「日本人は許さん! ちゃんと捜査せぇよ、ボケ!」
と言われてちゃんと捜査したら、犯人もキッチリ韓国人だったって事件があったな。
韓国メディアのみならず、アホほど騒いでた日本のメディアも犯人が捕まった途端に急に黙り
こくったっけ。
』(同76)。日本から韓国人がいなくなったら犯罪が激減しそうである。

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by munojiya | 2015-05-31 00:03 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2015-05-31 そんな本を読むことを「無気力」という
本を読んだら利口になるか。
なる人もいるのである。
庵主の場合はそうではなかったのである。
人には器というのがある。

庵主の器の容量ではそれらの本の立派な内容を取り込めなかったのである。
読まないよりは読んだほうがいいのだろうが、本を読むことをもって気力があるといえるか。
新聞の書籍広告を見ていると、「あなたの運気を上げる本」だとか「風水で家に幸運を呼び
寄せる」とかの類いがゴマンと発刊されているようだ。

みんなそんなものに頼る。また頼るのが当たり前みたいに思っている人が多いのだろう。
現実を見ない、現実を捉える方法を学ばない、そんな無力な人間が多ければ多い程、わが国の
前途は暗い。
』(典拠)。そういう本を読むことは「無気力」というのだという。
本屋が舞台のTVドラマ「戦う!書店ガール」で、売上増を要求された店員が本にすがる。

自分が売っている「売上を増やす企画力」とか「こうしたら売上が上がる」といった書名の本
を読むのだが、そんなものを読んでもちっともいいアイデアが湧いてこないというオチである。
お酒を呑む行為は現実を逃避しようとする「無気力」の証〈あかし〉と見るべきか。
まずいお酒を呑むのは無気力、うまいお酒を求めて呑むのは意欲的な行為としておこう。
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by munojiya | 2015-05-31 00:02 | 世話物 | Trackback | Comments(0)