2018-05-27 日曜日のくつろぎ篇「おー、綺麗な朝鮮耳の麗人」
「江戸しぐさ」という言葉が流行ったことがある。
電車に乗ったら、これが江戸しぐさだという広告があったのを覚えている。
例えば、雨の日に傘を差した二人が狭い路地ですれ違うときに、お互いに傘を斜めにしたという。
しかし、いまでは、それらは実はでっち上げの大嘘だったということになっている。

江戸時代に江戸しぐさなどというものはなかったというのである。
それを信じた人はすっかり言葉に騙されてしまったのである。
なるほど、とその広告を納得して読んでいた庵主のようなそそっかい人は、である。
何年か前に、ネットに突然表れた言葉が「朝鮮進駐軍」である。庵主はそれを知らなかった。

戦後、チョウセン人が、第三国人と称して日本で悪さをしまくった一連の事件の事をいう。
当時、本当にそういう言葉があったものか、『忘れるな』と言われもそもそも聞いてないのだ。
最近出てきた言葉に「朝鮮耳」というのがある。チョウセン人の見分け方だというのである。
朝鮮耳というのはこういう形の耳のことだという。モデルは北鮮の工作員だった金賢姫である。

美人の耳というのではない。耳たぶがない耳の事である。朝鮮耳をしているのはチョウセン人だ
というのである。ホントかな、でも当たっているようにも見えるから困るのだ。例えば井川遥
そうだ。しかし、この人も、この人も、この美人もそうなのである。朝鮮耳を信じていいものか。
そしてこの人の耳も綺麗な朝鮮耳である。綺麗なお酒は日本酒だが、綺麗な朝鮮耳は果たして。

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「日大タックル」の宮川泰介メンバーと井上奨メンバーの耳も期せずして朝鮮耳である。
邪推で遊べば、二人ともチョウセン人で、両者は北鮮系と南鮮系なのでいじめ合っているのでは
ないかと考えられないこともなくはないのである。邪推では妄想は自由に膨らむのである。
しかし、朝鮮耳と呼ばれている形の耳は人相の本ではスポーツマンに多いというのである。

そういう形の耳をした人は、忍耐強くて、闘争心が高くて、動物的な俊敏性を備えていると。
イチローが見事な朝鮮耳だが、それはスポーツマン耳なのではないかと以前に書いたものだ。
今、気がついたが、悪魔の耳がそういう形じゃなかったか。人相学は観察の芸術だともいうが。
北鮮のトッブと南鮮のトップはいずれもビンゴなのである。ね、困るでしょう。

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# by munojiya | 2018-05-27 00:05 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-27 昭和歌謡曲・名曲を2曲
名曲といっても、庵主が好きな歌という意味である。
庵主は、お酒に関して、それを名門という。
昔からその酒銘を知っている蔵元のことである。
名門だから旨いお酒だというわけではないのである。

同様に、名曲だから、それが万人に受けるかどうかは知る由もない。
庵主が聞いて心に叶う歌が名曲なのである。
庵主が呑んで旨いと思うお酒が本物のお酒なのである。
アルコールを混ぜればなんでも酒になってしまうが、混ぜ物酒では本当に旨いお酒は無理みたい。

ふつう混ぜ物といったら、お酒に醸造用糖類(水飴の場合が多いと思われる)や酸味料を混ぜた
物をいうが、昔は逆に、出来合いの醸造アルコールに多少のお酒や糖類や酸味料を混ぜたものを
お酒と称して売っていたのである。今はなき三増酒〈さんぞうしゅ〉は。
今も、お酒に醸造アルコールを混ぜる事は平気で行なわれている。

上手にブレンドされたお酒は、いや混ぜ物酒はブレンドとは言わないか、上手に調合されたもの
にはそれなりにうまい物もあるから、お酒だけは呑んでみないと判らないのである。
歌謡曲だからといって高を括って聞いたら涙を催すこともある。「花嫁の父」である。
同じ歌い手の「ふるさとの詩集」もその詞の世界がいい。いずれも松下恵子である。

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# by munojiya | 2018-05-27 00:03 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2018-05-26 同じものが立ち位置によって異なって見える
同じものが、その人が立っている位置の違いによって、見たときに異なって見える事がある。
どこから見ても同じに見えるものを「真実」というのだろうか。
庵主は、「世の中紙の裏表説」を取っているから、そういう絶対の真実を措定しないのである。
物事には、紙の裏表のように必ず二面性があるという考え方のことである。

紙の裏表は分離することができない。
表面や裏面だけしかない紙は存在しないように、世の中の仕組みもそうだという立場の事である。
表があれば必ず裏面もあって、表から見るのと裏から見るのでは見え方が異なるとするのだ。
「手品」が代表的なそれである。

やっている事は一つなのに、表から見たときの認識と裏から見たときの認識は異なるのである。
その認識のずれによって、見る角度によっては「不思議」感が情勢されるのである。
裏から見ると、それは不思議でもないでもない当たり前の事なのに。
一つの行為が、人によっていくつもに見える場合がある。

「反則タックル」が、人によって『悪質タックル』や「暴力タックル」や『殺人タックル』や
危険タックル』や「パールハーバータックル」や『残虐タックル』に見えるのである。
いっそ、そういうのを「日大タックル」と呼ぶことにしたら如何(いかが〉
お酒もまた、ある人には「百薬の長」に見え、ある人には「気違い水」に見えるのである。

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単独記者会見で男をあげた「宮川泰介メンバー」だが、しかし、見る角度によっては
日大アメフト部はそれ自体が「893」に見えるようである。
宮川メンバーの記者会見は、組の親分の身代わりになって出頭する鉄砲玉に重なるという。
今度の記者会見はその構造と同じだから騙されるなという見方である。

893にパワハラと言っても通用しません。
日大アメフト部は、監督・コーチ・選手、全員が893の世界に生きているんです。
若頭が舎弟に、「○○組の△野郎が居なけりゃ、お前に目をかけてやれる」と言えば、鉄砲玉と
なって飛び出し、△野郎をヤル。

捕まれば、「自分がやったことです。未熟者故、人様のことを云々できません。」と改心の
素振り、真人間を装う。
マスゴミは早々に、監督・日大総長叩きの作戦を練っているね。高位の者を落とした[方が]
お手柄なんです。阿部ヤメローまで行くかねえ。』(典拠米)。

総理の名前を「阿部」と書く人は、「関西学院大学」を「かんさいがくいん」と言い間違える
内田正人メンバーと同じ事をやっているのだ。案外、日本語が得意でない人なのかもしれないが。
内田メンバーが、「かんせいがくいん」をわざと「かんさいがくいん」と言うのと同じように、
相手を馬鹿にしているということである。存外、総理と内田メンバーの共通点を突いているかも。

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やはりここにも権力の一極集中があった為の結果だと思います、日大側は最初の会見で事の
重大さに気が付いていなかったようです、これから監督から指示があったことを認めてもかなり
厳しいものになると思います、もう逃れられないので昔でしたら自害したでしょう。[句読点の
使い方がおかしいのは原文どおり]』(典拠米)。

リアルで見てたが勇気ある行動だと思うよ
最初の方で女性記者が責める質問してたが日大の関係者か?って思ったわ
被害者も日大にいたら加害者になってたかも知れない訳だから是非、加害者がアメフトを
続けられるよう発信して欲しい』(同前米)。

さて、宮川メンバーが、勇気ある行動がとれる若者と見るか、事の重大さに耐えかねて弱音を
吐いた根性のない893の鉄砲玉と見るか、観相能力が問われるところだろう。
庵主は大学事情に疎いのでよく知らないが、「日大」の大学コードがもし「893」番だったら、
「監督・コーチ・選手、全員が日大の世界に生きている」という事は確かにその通りである。

たまたま、日大の世界の論理が、特殊業界の論理と重なっているという事なのだから。
「相手を潰してこい」と言われたら「はい、やってきます」と答える素直な学生を育てる事が
日大の教育精神だという事はわかるのである。トップが「責任を取る」と言っても、学生を
見捨て、一番最初に(わざと馬から落馬)に逃げてしまう組織だということもわかるのである。

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# by munojiya | 2018-05-26 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-26 ネットでは売春女にされちゃった進優子記者
テレビ朝日の進優子記者をご存知だろうか。同記者を解説しているサイトはこちらである
つい最近財務省の福田淳一前事務次官をセクハラで落とすことに性、おっと成功した政治記者の
名前である。落としたのはその首を、である。
ところが、その女声記者、おっと女性記者が名乗り出てこないという動画がネットにあった。

セクハラ被害を受けたという録音会話だけが「証拠」だという幻のセクハラ事件なのである。
しかもその録音は少なくとも3カ所で録音されたものだと分析されている切り貼り音声なのだと
いう。それは捏造された音声だという説もある。会話の男の方の声はあるが、相手の女(の筈)
の声が入っていない代物だからである。被害者不在で男は斬罪されてしまったのである。

愛媛県では、中村時彦知事がこれまた切り貼りのメモなるコピーを出してきて自爆したという。
安倍総理は嘘を吐いている事を証明するものだと言って出してきたそのメモと称するコピーは
全体が明朝体で打たているのに、なぜか所々がゴシック体で打たれているものだったという。
メモの捏造は、中村知事の得意とするところだったとバレて、知事は遁走中だという

『[切り貼り音声を録音した]被害者女性とされる人が本当に売春してたらテレ朝が訴えれる
はずがないじゃん。まして新潮に持ち込めないよ! それが分からないのが自民党信者の方々。
[女は売春女だという]この動画はプロパガンダでしょう』(典拠米)という指摘も。
お酒業界では、アル添酒を「お酒」と称して売っても訴えられないと高を括っているけれど。


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名乗ったり顔出ししたらチャイナのハニートラップとバレてしまうアル。』(典拠米)。
人権屋の極左ババアどもは、それが分かってるから、
「傷ついて立ち上がる事も出来ないんですぅ~」だの
「告白にはどれだけ勇気が必要だった事でしょう~」だの

「被害者女性への聞き取り調査はセカンドレイプですぅ~」だのと、
やたら女性記者には触れさせないよう仕込んでおいて、
福田だけを責め立て失脚させられるよう目論んでたんだな。』(同前米)。
「極左ババア」というのは言葉か汚いので、これからは「ミーツー」と書いたらいかが。

「ヨツ」といったら部落差別に使われる言葉だから、それを「ミツ」と呼んだのではこれまた
やっぱり言葉がよくないか。
「ウルトラレフトBBA」ということで、略して「ウルトラB」と呼ぶのはどうか。
昔オリンピック用語に「ウルトラC」というのがあったので「ウルトラB」はかっこいいから。

「思惟」にいま一つ届かない人達だから「B」だと思われるからこれも嫌味になるか。
「雌鶏が鳴いたら国が滅ぶ」というのは、女が頑張らなきゃならない状況になった国はダメに
なるという意味合いなのだろうか。女が子育てさえも託児所〈ひと〉に任せて稼ぎに出なくては
やっていけない社会の事である。とりわけ政界(戦場)での女記者(女兵士)は邪道だろう。

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たまたまこの記者会見のライブ配信を途中から見てしまったが、そのコメント欄には読み取る事
ができないぐらいの速さでコメントが次々に流れていた。それだけ書き込みが多かったのである。
その中に、質問をする女記者に対して「質問が下手くそ」という指摘がいくつもあった。
「質問が下手くそ」だという事では男記者の質問もまた同じだという書き込みも多かった。

女記者の場合は質問がだらだらとしていてキレがよくないというのである。聞いててイライラ
させられるのである。女の声で質問が出ると、場違いの感じがしてしまうのだ。
男記者の質問に、優しい言葉があった。「井上コーチは今一番苦しい立場でお答えされていると
思いますが」とその苦衷を慮った言葉を添えた人がいたのである。

それは「嘘を吐くのは苦しいでしょうが」という嫌味ではあるが、そんな露骨な言葉を使わずに、
集中砲火を浴びる中で独り日大の名誉を守ろうと孤軍奮闘している姿を称える言葉でもある。
その温情に包まれた言葉を聞いたら、いま一つで井上コーチ、おっと井上メンバーは落ちる所
だったが、惜しいかな、その質問者のときにマイクの調子が悪くなり異音を発してしまったのだ。

記者会見の会場にマイクがハウリングする音というのか、ガガガといった耳をふさぎたくなる
ようなうるさい音が出て、質問者の言葉を遮ってしまったのである。
選手は「相手QBを潰してこい」と言われたといい、監督・コーチはそんな事は言っていなと
否定している。さあ、どっちが嘘を吐いているのか。井上メンバーの耳相はこうである

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この質問は、井上メンバーにはとりわけ厳しかったことだろう。
「井上コーチが、相手QBに怪我をさせろとは言っていないと発言されることで、今回の事件は
宮川君が単独で行なった傷害事件として立件されることになりかねませんが、そういう宮川君に
対してどう思いますか」(大意)という質問があったのである。

言っていないなどと嘘を吐くと、宮川メンバーだけが傷害の犯人という事にされてしまうぞ。
教唆した井上コーチはそうなってもいいのか、と一番痛い所を突いてきたのである。
自分と内田監督を守ろうとすると、鉄砲球にした学生を窮地に追い詰めてしまうのである。
ここは「私が指示しました」と泣いて謝って、学生を守るべきか。

否、隣には監督〈おやぶん〉が座っているのである。監督に楯突くことはできないのである。
そんなことをしたら、日大鉄砲球部、おっとアメフト部が崩壊してしまうからである。
井上メンバーも本当の事を言って、罪を一身に背負って宮川メンバーを守ってやることができた
ならそれまでの苦衷は一気に解消できことだろうが、その苦悩をなお温存してしまったのである。

日大のロゴはこれである
筆字風のタッチで、大きくNとある。そして、小さく点で丸が描かれている。
「N.」に見えるのである。でも、良く見たら、「.」でなくて「O」なのではないのか。
「日大はNo」である。日本に“在日大”はいらないという自虐ロゴなのではないか。 

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# by munojiya | 2018-05-26 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-25 日本人がチョウセン人と合わない理由
チョウセン人を、「超汚賤人」と書く人がいる。
字面を見て、差別用語だと見る人もいるが、「卑弥呼」とか「倭人」という言葉に慣れている
庵主にとっては、その漢字遣いに苦笑するだけである。
日本人がチョウセン人と合わないのは、まさにそれだからである。

チョウセン人は日本人の感覚すると万事が汚いのである。
食文化だけではなく、振る舞いの文化もまた、である。
衛生的にも非常に汚いが、頭の中や心の中は、もっと汚い。』(典拠米)。
日本人からすれば、ああはなりたくないのである。落語家のくすぐりにこういうのがある。

若いお母さんが、その噺家を指さして子供にこう言っていたというのである。
「しっかり勉強しないとああいう風になっちゃうんだよ」。
勉強しなければ「ああいう風」にもなれるが、日本人はいくら頑張っても「チョウセン人」には
なれないのである。血が異なるからである。

だから安心して言えるのである。「ああはなりたくないなぁ」と。
なりたくても、なれないことが分かっているからである。
しかもソレを「糞」と呼ぶのは間違いではないから困るのである。
チョウセン人は、本当に「トンスル」を飲むというのである。怖くて口にできないのである。

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チョウセンの食材は、そういう事情から、日本人は食べてはいけないという説がある。
日本人の体質は、チョウセン人のように不潔に耐える体質ではないからである。
譬えるならば「日本人には不潔な食材に対する免疫がない」ということである。
アルコールを分解する能力が低い人にお酒を呑ませるのは危険である。

牛乳を分解する能力が低い人が牛乳を飲むとお腹がすぐ緩くなってしまうののである。
キムチは大腸菌だらけ。韓国に観光で行く人の気が知れない。何を食わされている事やら。
ホテルでも残り物を出すらしいし、厨房はどんなものか知りたい。』(典拠米)。知らない方が。
南鮮人は衛生観念が違うのだという。詩人コ・ウン(ウン・コに非ず)の詩「バケツ」には絶句する。

高銀氏、渾身の代表作
バケツ
一杯のバケツ 肉のスープが一杯で溢れそうだ スプーンでフーフーして啜ると喉に染み渡る
全て平らげると用足ししたくなる 今度は糞尿でバケツが満たされる

裏の畑にまいた後は雑巾を絞る 明日もまたこのバケツは肉のスープで満たされるだろう
嗚呼幸せだ』(典拠27から引用)。
庵主ならお近づきになりたくないのである。きったないからである。
世の中にはそういう人達にもめげることのない日本人もいるという事なのである。

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# by munojiya | 2018-05-25 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-24 笑い話「日大は通名、本名は」
日本人にとって、チョウセン人は反面教師となっている。
「ああはなりたくない」という手本になっているのである。
一緒には暮らしたくない人達だということである。
しかし、日本人が嫌っても、相手はなぜか擦り寄ってくるのだからタチが悪いのである。

日本人を見ると難癖をつけて補償〈かね)をよこせというのが国是となっているようである。
それをおかしいとか、みっともないと思っている南鮮人がいてもそれを公の場で言うことは
できないのである。国是に逆らうと、本当に村八分にされてしまうのだという。
「旭日旗は戦犯旗だというでっちあげ」では、自分で作った嘘に自分で酔ってしまっているのだ。

その様は傍から見ると、すでに気違いの領域に足を踏み込んでるようにしか見えない。
「自縄自縛」というが、これは「自毒自狂」だろう。
自分が作った嘘に自分が中〈あた〉ってしまい、その嘘を本気でわめきちらしているのである。
その振る舞いは、見た目には十分に気違いである。それが本気だからチョウセン人は怖いのだ。

内田、腹心のコーチと堀[庵主校正:塀]の中で反省してこい。日大の理事は全員辞任しろ!
日大広報部の連中は、全員解雇だな。糞大学の在日大!』(典拠米)。
本名は「在日大」なのだと。今回の事件の対応を見る分にはそう見えてもしょうがないのである。
「本醸造酒」というお酒がある。それは通名なのである。本名は「アル添酒」である。嗚呼。

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# by munojiya | 2018-05-24 09:59 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2018-05-24 あー、「日大」が「ヤクザ大」になってしまった
狭い範囲で生活している庵主は知らなかったが、世間の人はよく知っているのである。
「日本大学学長」で画像検索すると山口組組長とのにこやかなツーショット画像が出てきます
ね。』(典拠米)。
ご親切に「日大」に「在」の字を付ける人もいるのである。「在日大」と。

まさしく広域暴力団の構図、会長が[中田英壽]理事長、総本部本家二代目組長内田[正人]、
本家若頭井上[奨〈つとむ〉、相談役が司会の爺さんてとこか? イエスマンのコーチ陣
十数名の下にいる多くの選手達が暴力兵隊にされてしまうのは、あまりに可哀想で腹立たしい。
日大アメフト部の選手達は今すぐ団結して立ち上がる時だぞ。今しかないぞ。』(同米)。

あの会見はコントか?
それで理事長は雲隠れか?
日大ってこんなバカだっけ?』(同米)。
日大は、師範よりも学生の方がしっかりしているヤクザ(世間と逆)な大学だということである。

いい大人が謝罪の仕方も分からないのかと呆れました。
自己保身のいいワケ会見に記者も集まった訳ではなく。
だから社会の人をより怒らせ批判をかってし[ま]っただけ。』(同米)。「ま抜け文」だ。
健全な筈のスボーツも毒の面があるのである。お酒も同じだから自戒して呑まなきゃ。

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あっ、こういうのを「他人〈ひと〉の褌で相撲をとる」というのか。
人様の言葉を切り貼りして作る文章のことである。
良く言えば、見識のある人の言葉をお借りして、ということになるけれど。手抜きともいう。
著作権主義者に言わせるとヤクザな行為に見えるのかもしれない。

庵主は著作権を気にしないタチなので、他人の言葉でアセンブリしてしまうのである。
自転車産業と同じである。言うならば、自転車作文なのである。
思えば相撲界もスポーツの人後に落ちないおかしな世界なのである。ヤクザともずぶずぶだし。
白鳳のプロレス相撲がそのまま通ってしまうのだから日大の鉄砲球部を嗤えないのである。

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# by munojiya | 2018-05-24 09:37 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-23 岡目八目「当世三大嘘つきさん 」
今(2018年5月22日時点)、日本の三大嘘つきはこの三人だろう。
一に、安倍晋三(振り仮名省略。読めない人は当世では馬鹿だと思っていい)総理大臣。
二に、内田正人〈うちだ・まさと〉日大アメフト部監督。
三に、高橋都彦〈たかはし・くにひこ〉東京都狛江市市長。

一の人は、加計学園の理事長とはゴルフを何度もやるほどの昵懇の間柄なのに、加計学園が愛媛
県の今治市に開設しようとしている獣医学部の話を最近まで知らなかったと大嘘をこいている。
その人の嘘つき癖は“血筋〈みみ〉”によるものか、習い性となっているのである。
「晋三」は、ひょっとして本当は「せんみつ(千三つ)」と読むのだったりして。

二人は、時の人である。周囲の人はみんな嘘を吐いていると言っているのに、当人はそんなこと
を言ってないと頑なに否定している。それが通ったら、日大はおしまいだろう。
『責任は俺が取る』と言っておいて、一番先に逃げてしまったのである。無駄口連や、か。
おっと、牟田口廉也、である。名前は「正直な人」なのに、名前からして嘘なのである。

三は、セクハラの被害者が多数いるのに、当人はそんなことしてないという「やった人とされた
人の<受け取り方に乖離がある人である。いずれも地位に恋々としているという点が共通点か。
「都」は「地方」であって「国」ではないから「くにひこ」という名前からして嘘なのである。
お酒も大嘘吐きなのである。呑めば幸せになれるような気持になれるぞと嘘をふりまくのである。

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# by munojiya | 2018-05-23 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-23 内田正人メンバーが教育者として否定される理由
選手を鉄砲玉にして、スポーツを隠れ蓑にした傷害行為を指示した日大の内田正人メンバーの
振る舞いが、教育者として否定される理由はこうである。
内田メンバーは大学という教育の場には「いてもいいが」、「あってはないらない人だから」だ。
人を指導する人格の人でないということなのである。別の言葉で言えばヤクザなのである。

私はボランティアで少年ラグビーの指導をしています。他人様の子供を預かるってものすごい
プレッシャーですよ。教えることはまず“受け身”自分の身は自分で守る。そしてルールの遵守。
徹底的にフェアプレー。それでもおきる事故を防ぐため、協会やレフリー委員会は毎年ルールを
改訂し、激しくとも安全に競技ができるよう苦心しています。

それをこのオッサンは! 全てのスポーツに関わる人は相当ショックを受けています。
典拠米)。
内田メンバーの責任を持つ上の人がいるなら、即刻クビ(現場からの排除)にするところだが、
日大はその上の人もまたヤクザ体質の人なのだという。

ここは文科省の出番なのではないか。教育の場で「人を傷つけてこい」という指導をするような
監督が理事会の中枢にいるという大学は異常にすぎるからである。
しかも「日本」という誇りある名前を看板にしているのに、その名を汚す蛮行だからである。
「日本酒」がアル添を始めてから「清酒」と呼ぶようになったのはその誉を守るためなのである。

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# by munojiya | 2018-05-23 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-05-23 【手品】パームの威力
トランプ手品の必須技法に「パーム」というのがある。
カードを手の平に隠す技法である。これでできるようになると手品の世界がぐーんと広がる。
慣れない人にとっては、かなり難易度が高い技法である。
カードを、客に悟られないように隠すという罪悪感を乗り越えなければならないからである。

「嘘をついてはいけない」というのは日本人なら、多分生まれつき備わっている倫理観だろう。
生まれつきというのは、そんなことは教わらなくても身についている発想だという事である。
キリスト教では「聖書」に最初に書いてあるらしい。
「汝、偸盗〈ちゅうとう〉することなかれ」と。偸盗って、下世話に言えば泥棒のことである。

白人というのは、科学的な面が進んでいるようなので頭がよさそうにな見えるが、その中身は
「聖書」が最初に戒めなければならないほど倫理観は薄い人達なのである。
見方によっては、パームは客を「騙す」事だが、日本人は騙す事が下手、いや苦手なのである。
チャイナ人やチョウセン人は詐〈さ〉の文化なので嘘をつく事は平気だが、白人も実は同じだ。

それは文化の違いだから善悪ではない。思えば、アメリカで手品が発達しているのは、騙す文化
が洗練されているからだと言えないこともないのである。客を騙す事は客を喜ばす事ではあるが。
手品は種が分かっても見ていて楽しいのは、こういう綺麗なバームを見るときがそうである。
お酒の種はアルコールだとは判っていても、旨いお酒を呑む時は楽しいのは手品と同じである。

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YUKI〈ゆうき〉師によると、カードマジックをやるために必須の技法は
「ダフルリフト」「パーム」「ブレイク」「〓」「〓」だという。
技法だから、それぞれは、それ自体では手品ではないが、それを使うことによってトランプ手品
の不思議さを膨らませることができる不可欠な技法だという事である。

ダブルリフトとパームは、それができないとカーディシャン(トランプ手品師)でない、という
事なのだ。できるだけではなく、それを美しくできなければならない。
本文で引用した「ポケットに通うカード」は、庵主が見れば、あそこでダイヤゴナルパームで、
ここでトップパームだと判るけれど、それを綺麗にやれるかとなると話は別である。

師の綺麗なパームを目にすると、それを見ているだけでただただ感心するばかりである。
いや、感服するのである。見ていてうっとりするのである。すなわち快感なのだ。
「上手〈じょうず〉」という事は快感をもたらせてくれるのである。下手は未熟である。
お酒も「上手〈うまい〉」ものなら快感が得られるのである。下手な酒は呑むまでもない。

上手な人が意味するところは、それが良く訓練されているという事であるが、それはまた、
自分も一生懸命練習すればそれができるようになる可能性があるという夢を示してくれるのだ。
だからといって出来るようになるというものではないが、人間はそれができるという確信を
与えてくれるのである。手品の技法に関しては必ず出来るようになるという。1年かければ。

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種明かし前
「魔法やん」
種明かし後
「魔法やん」』(典拠米)。

さりげないパームとかクラシックパスが流石すぎる』(同前米)。
それが、誰でも出来るようになるというのである。
ただし、それが出来るようになるのには1~2年掛かると、出来る人が言っている。
それだけの継続する力を発揮できるかどうかが、分かれ目になるという事である。

いやわかっててもやられる凄さ』(同前米)。
それが出来るようになるというのだ。1~2年練習すれば、であるが。
ミスディレクションのせいでトップカードをパームしてるのが見えなかったのか!と思って
見直したけど注意して見ても分からんわ』(同前米)。

パームやダブルリフトが難しいのは、騙していることを客に気付かれるのではないかという
「罪悪感」によるのである。それは客を騙しているのではなく、客を楽しませるためなのだと
気付けば、それを綺麗にやることが客に対する「お・も・て・な・し」になるという事である。
そこに気付けば、まず第一の関門を突破することができる。すぐできないから技法は面白いのだ。

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このひっかけクイズも常識の虚を突くという点では手品みたいなものか。
手品は常識という先入観を上手に利用したものが多いのである。
たとえば、アンビシャスカードは全面的にそれに依存している手品である。。
デックの中程に入れたカードが指をパチンと鳴らすとトップに上がってくる手品のことである。

指をパチンと鳴らさなくてもカードがトップに上がってくるのである。
「常識的」に考えて、中程に入れたカードがそのままでトップに上がってくるわけがないから、
それは不思議でならないのである。つまり「常識」がその不思議を支えているのである。
常識という先入観がしっかり固まっていない人にはその不思議が判らないという事である。

中程に入れたカードが、自分が見たカードと同じものだと思ってしまう常識によるのである。
というより、自分がこの目で見てそのカードを確認したのだから自分の認識に間違いはないと
いう、本当は間違っていることもある常識を過信してしまうことで、簡単に騙されしまうのだ。
見た目と中身が違うということはよくあることである。常識が既に間違っているのである。

日本酒とあれば当然米だけで造ったと思うが、実はいまではその殆どがアル添酒なのである。
庵主が一番気に入っているひっかけクイズはこれである。
「鹿と10回言ってください」。「鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿鹿」。「サンタクロースが乗ってくる
のは、なぁんだ」。「トナカイ」。「残念、ソリでした」。これは絶対ひっかかるのである。

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# by munojiya | 2018-05-23 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)